2008年03月31日

キャリア充分の女性の政界遊泳、美人はやっぱりお得!



いかにもフランス人という感じのするサルコジ大統領ですが、英国訪問は婦唱夫随となったようで、カーラ新夫人の人気はなかなかの様子。もう40代とはなったが、スーパーモデルの時代も歌手時代もあって、なぜかそのCDの1枚がわが家にもある。カバーの写真もすこぶるの美人!

もともと美人の産地イタリア、それも北イタリアの資産家の娘で、素封家児童誘拐が相次ぎ、一家でフランスへ引っ越し、5歳からパリという恵まれたお嬢さん。ミック・ジャガー、エリック・クラプトン、ドナルド・トランプといった名前だけでたいがいの人が知る連中とも浮名を流し、大統領夫人が少しも玉の輿ではないキャリアで、威風堂々。

だいたい人はやはり環境の動物で落ち着くところへ落ち着くというのが道理。ただこれで終わりかどうかは神のみぞ知るところだが、ちょっと大統領夫人業も一度くらいは面白そうでいいか、というあまり必死さがないのがイギリスでも受けたのか。所詮上流階級に慣れた女性の無理なき転身というに過ぎないのではある。

身長もサルコジ大統領を上回るように見えるし、政治の世界は男より女の方が如才なく生きて行ける世界のようにもこういう女性を見ていると感じる。政治をするもされるも実は女の先天的な願望なり欲望なりであることは、40代くらいになってはじめて水面上に明らかになってくるところのものなのだ。
カーラ夫人が生き生きと見えるのはそんなところ、というようにも見えるが……如何?
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posted by キャッツ・アイ at 21:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2008年03月29日

損をしない!株や競馬の取り組み方



競馬はもはややらなくなって久しいけれど、株はいつもやっている。
損をしたことがない。簡単なことである。

損をしているときは売らない。寝かせておくだけである。5年内外でだいたいプラスに転じる。よほどひどい銘柄でない限り、これが損をしない鉄則である。

損をしたければ、株ほど簡単なものはない。短気と損気があれば、いいだけである。リスク予測を間違うというより、深層意識で、損をすることを願っているとしか言えない判断と行為をするからである。

まあマゾみたいなものかな。ほんとうに儲けたければほんとうに儲かるような判断と行為と、さらに慎重さがなければならない。実に競馬をやらなくなったのは以上の要素だけでは儲からぬからである。ハイ。

もうひとつご注意を申し上げれば、株や競馬は感情の対象ではない。その志向なら、せいぜい恋愛に励んだ方がいいのだが、相手が見つからずえてして株や競馬にハマる。
これをど壺にハマる、と言う。
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2008年03月28日

付加価値のプラスアルファくらいがその名前にひそむ。生かすも殺すも…。



同姓同名でさえ、全く異なる人生を歩むのだから、こういう統計ないし運不運などというものも、それをどうプラスに転化するか、個々の感性の問題と思うね。

成功しそうな名前の1位であるエリザベスも、運が悪そうな名前の2位でもあるわけだから、ほとんど蓋然性がないように見える。
人間はもとより好き嫌いでその行動を誘導されていく生き物、いわば思い込みの動物でもあるから、実際の結果が同じとは限らない。

せいぜいよろしき運や成功の名前が自分と同じならそれを目で気分よく日々を過ごすのがよろしきことで、あるいはそのよろしき名前をそのままペットに名付けるというのも快きこと哉、という具合である。

さりとて運が悪そうな名前にランクされたところで天を仰ぐ必要もなし、同じその名前の成功者は必ずいるからである。
まして魅力的であるか否かなど、そのご本人がほんとうにそうでなければ、まるで意味ないじゃん!と、吾輩などは思うね。

世論調査も仕掛ける側の、その時々の状況条件、受ける側の状況条件によっても左右されるわけだし、いくつかの参考以上に過大に考えることもない。
研究員がいくら「自己達成予言になるとの結果が出ている。例えば、教師が魅力的な名前の生徒に好成績を与えたり、経営者が成功しそうな名前をもつ部下を昇進させる傾向にある」と言おうともだ。

魅力的な名前より魅力的な容姿の方が付加価値は高いし、うだつの上がらぬその名前より、溌剌と結果を導き出している部下の方が目立つことは間違いがない。まあ職業によってその印象の代償は同じ名前でもあるに違いない。

つまりは付加価値としての名前の効能くらいはそこそこはあって、これは商品のネーミングなどでも立証されているところのものである。
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posted by キャッツ・アイ at 10:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2008年03月27日

五輪より人権、人権無くして五輪なし!



各国の北京五輪反発の動向に、五輪に政治を介入させるのは止めようともっともらしいことを言っていた中国、自らその言葉を裏切る行為はいかにも政治の二枚舌。

大戦時の日本軍の残虐行為を事あるごとに謝れ!謝れ!と、口うるさかった中国も、そんな事をとても云える資格がないことに、これではなるのではないの?
それはそれ、これはコレのやはり政治の二枚舌?

自由を守るのが政治や裁判というもののはずだが、自由を規制し出すともう政治も裁判も限りなく赤信号、反対者を獄中にし、挙句は闇から闇の殺戮となるのが独裁者の構図、この相手に念仏を唱えても徒労と、北京五輪ボイコットの声は徐々に大きくなる。

所詮政治にはウンザリするが、日本の姿勢はいつもどっちつかずの八方美人、鵺のような国になって久しいが、またアメリカの動向の後追いをするだけだろうか。
五輪より人権、人権無くして五輪なし、これ当たり前やないの。政治のための五輪など為政者だけの、ご都合五輪、舌先で転がる五輪より、やっぱり人権五輪やなあ。
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posted by キャッツ・アイ at 11:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ

2008年03月26日

地に堕ち地に潜っている日本人のマナー



なぜ日本人のマナーが悪いのかは、島国根性と無縁ではないだろう。
かつて<恥の文化>とさえ言われた奥ゆかしさはもはや現代にはない。

他国のことなど考え及ぶこともなかった時代には、まだしも他人の視線というものを存分に意識した緊張もあって、それは封建社会ゆえにこそ維持できた<恥の文化>であった。
だが今日、他人よりまず自分という時代になってしまうと、他人の迷惑など、すっかり隅に追いやられ、副次的なところにしか意識が行かず、自らが心地よければそれでイイじゃん! というわけである。

もともと個性より他人との同化意識で生きる部分の多い国民性がこれに結び付いてしまっているのが、現代の有様である。
――俺だけじゃないじゃん、私だけではないもんねー、というわけである。

そこへ携帯の蔓延である。猫も杓子も携帯、これほど国民性にフィットする器具はTV以来、と言ってもいいくらいである。
右を見ても左を見ても、あの細かいキーボードとにらめっこ、微細精密に強い伝統もあって、路上で回転しながらお話しする輩もいれば、にらめっこのまま蛇行する輩もいる、時も所も状況もお構いなし、というありさま。

下を向いて携帯に集中しているからにはほとんど他のことはついででしかない。前からそんな輩が来れば、突進障害物でしかない。そこのけそこのけ私が通る、ぶつからんといてや、と他人任せ!
これまで怪我もせず無事にいられるのは、すべて他人さまのおかげなのである。

歩く最低限のマナーは前方をよく見て歩く、ということに尽きる。
マナーという以前の問題、あほとちゃうか、言うまでもなくアホなのである。マナーが悪くなったどころではない、地に堕ち地に潜っているのが日本人のマナーというものである。

子供や自らが飲んだ飲み残しを車内に放置したままずらかる家族もいれば、紙屑食べ屑をくぼみに押し込んで去る家族もいる、まあ大きく言えば先頃の無差別殺人と同じ、根っこではあると、ワイは思うなあ。
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posted by キャッツ・アイ at 10:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2008年03月25日

お祭りとは、日常を逸脱することと見つけたり!



そもそもホーリーとは、インド三大祭のひとつ。
3月15日は「ホ−リー」(Holi)にあたります。
ヒンズー教の行事は西洋暦ではないため、毎年日付が変動するようですが……。
何でも冬小麦の収穫と春の訪れを祝うものと言いますが、花粉症などはどうなんでしょう。。

誰彼構わず、色粉や色水を掛け合う、というちょっと引いてしまいそうなお祭りです。ふつうに道を歩いているだけで、建物の窓から色水が飛んできたり、背後からいきなり浴びせかけられたり、とこの日の外出には覚悟が必要なのです。

外出している人はかけられることを前提に歩いている、と見なされるということですが、知らないでいきなりこの目に逢う観光客はいるのでしょうか?
いたとしても郷に入れば郷に従え!知らぬが仏の自業自得!怒ってみても始まりません。

まあ知っていてそれなりの衣装であれば問題なし、一緒に楽しむべし、というところです。ホーリー・グッズというものも売られ、多くはその色掛けグッズ、まっ白い衣装で染めてもらうということであれば、覚悟も違うというところです。
どこにもあるその日は、ちと日常を逸脱するお祭りの嗜好、びっくりはしても怒らないこともマナーかもしれません。
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posted by キャッツ・アイ at 08:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文化

2008年03月24日

人類は賢明か暗愚か、いよいよの正念場!



こういうニュースを聞いてずいぶん永くなった気がする。
ニュース自体が人類への警鐘であるのだけれども、いっこうにその環境破壊はそのスピードを緩めない。

緩めないどころか、どうも加速度をつけて、破壊速度を高めているらしい。直接的被害が身近にならない限り、なかなか自らの問題としないのが人類のふつうの対応、だからなのであろう。

はるか遠くに起きていると思っている、そのあいだに温暖化も大気汚染も、枯渇していく大地の面積が広がっていることにも、とりあえず自らに及ばないから、放置され、政治もまた票にならぬ問題と先送り、すべてが功利的にしか働いていかない人類のつけは積もりにつもっていく。

もともと氷河期を迎えて先史時代が幕を閉じたわけだから、今度はその氷河が溶解つくされる頃に、人類の歴史も終焉を遂げるのかもしれない。はたして人類は賢明か暗愚か、いよいよの正念場がしっかり近づいていることだけは間違いがない。
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posted by キャッツ・アイ at 10:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争・災害

2008年03月22日

プーチンの院政を阻むのはシベリア猫?



猫の話題に犬の写真というのも、いかにもクレムリン、というところです。
所詮権力争いの政治抗争の表舞台クレムリンの住人に落ち着く予定のドミトリー・メドベージェフ(Dmitry Medvedev)次期大統領夫人が飼う雄のシベリア猫「ドロテウス(Dorotheus)」が、新しいクレムリンの「顔」というニュースです。

院政をもくろむプーチンの愛犬が写真なわけですが、今後もにらみをきかそうとプーチンともども徘徊する予定だとか、という皮肉がこの写真? いずれにしても猫不在の猫のニュース。

このニュースではあるじとともにペットも宮殿を交代の予定ですが、猫は神出鬼没、正面切って犬とはけんかこそしませんが、まあ機を見るに敏、寝込みを襲うことなど朝飯前、主人であるメドベージェフ氏が、いつまでもプーチンの配下にいるだけでは妙味もありません。

少しはこのシベリア猫ドロテウスの虎視眈々を見習うかどうかが、今後の政局ということかもしれません。それを占うにもドロテウスの写真は必須だったけれどなあ。
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タグ:クレムリン
posted by キャッツ・アイ at 12:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2008年03月20日

離婚というより、これは単なる買い物の償却、利用期限!?!



結婚→離婚の流れは、♪行きはよいよい♪帰りは怖〜い そのまま、結婚は勢いで成立しても、離婚は相互の利害が衝突して、揉めに揉めるのがふつう、泥仕合が多くの例である。

まあ財産がそれでもポールのように破天荒、47億の慰謝料を支払っても、その資産の3%ということだから、せいぜい蚊に喰われた程度のことだろう。しかし、蜜の味が、蚊の喰った腫れになるのだから、ポールにしてみればせいせいすると同時、不始末には違いなかろう。

まあそれでも不始末、いい勉強になったくらいなら、離婚も人生においてしないよりした方がいいこともある。一度で済ませればそれに越したこともない結婚ではあるが、我慢と辛抱が、恨みと憎しみを倍加させているだけなら、離婚も勇気の証左とならなくはない。

下手に中途半端な資産なら余計その門をくぐるのに躊躇もあるだろうし、その中途半端な資産だけを頼りにとりあえず続けている夫婦も多いことだろう。ポールのケースと比較のしようもない。

もともと資産がある相手ならそれが目当てにもなって、嘘から出たまこと、少々の不満も淘汰され、バランスを保つうち、それが絶妙とならないとはいえないのである。
愛がいくらあろうと結婚は生活、生活は経済、経済が破たんすれば愛も破たんする、これが自然の流れ。

ポールの場合は世間にある多くの結婚とは違い、愛も生活も濃度が違い、それはちょうど総資産の3%という慰謝料と等価で、47億の貨幣価値と同様に、一般人のものさしから逸脱するものなのは間違いがない。
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posted by キャッツ・アイ at 17:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | ライフ

2008年03月18日

秘密にしたいことがバレて転落する男と、秘密がバレて儲かる女の、人生絵模様。



まあ、人生、何が転機になるかわかりませんね。
これもアメリカならではの、ある種国民性と言えるのかもしれません。

だってねえ、所詮コールガールの売れない歌手というだけのことなんですよ。それがすっかり箔がついて、レコードは売れに売れ、今度はペントハウスやハスラーのグラビアを飾るということですから、同じことは日本で起こり得るか、というアンケートを取りたいようなことですね。

まあ、当初取材攻勢に雲隠れして、州知事と同様マイナスイメエジかと思われていたかもしれませんが、やはり女の武器はここでも強い。
ここまで秘密であったことが全世界的にオープンとなれば、考えてみれば失うものは何もない! ということです。

失うものが何もなければ、あとは獲得するだけ、怖いものなし、たとえ一時の活況にせよ、ひと財産できるかもしれません。
もともと有名になりたい症候群がある志向の売れない歌手ですから、外聞よりも売れることこそ大命題、一路目標到達へという道筋です。

まあその反対に州知事は、政治家としてもはや再生は無理かも、と案じられます。どっちにせよ身から出た錆び、身を飾る職業と、身をさらけ出す職業の差、ここに歴然、という感じではありますなあ。

それに州知事より人類最古の職業の方がキャリアははるか上、海千山千度もねえ。政治家よりコールガールの圧勝、比べようもないよ。
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posted by キャッツ・アイ at 20:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | ライフ

2008年03月15日

鳥も寄りつかない鳥の巣メインスタジアム!



あれこれ困った問題でばかりでさらに身近な隣国である中国。
北京五輪ももう近いというのに空気汚染もなまなかなものではないようです。マラソン世界記録保持者がその参加を拒否したくらい汚れているようですが、掃除機の先端にマスクをつけて電源を入れると、一瞬のうちにその白いマスクが真っ黒、恐ろしいほどです。

因みに東京の都心、車の行き交う道路で同じことをしても、うっすらと薄い灰色になる程度、その差は汚染のすさまじさを改めて確認する恐ろしさです。
そうスグには回復も不能でしょうけれど、共産主義でありながら急速な資本主義経済立国をしている中国の、おのずからもたらした結果でしょう。

政治や経済というものは何よりも先に効能成果潤沢であることが先で、その結果についてはいつもその責は後回しの後手後手ということになりがちです。真っ黒というのも、そんな政治や経済の風景というように見えます。
はたして北京五輪に希望は見えるかと、ということを考えてもらいたい真っ黒、薄ぼんやりどんより風景です。鳥の巣と呼ばれるメインスタジアムも、鳥はこれでは寄りつくまいというところでしょう。
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posted by キャッツ・アイ at 12:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ

2008年03月13日

環境が違えば価値観は大いに異なる!欲しいものも違う!



生まれた環境に寄る不公平というのはまことさまざま。
幸運もさまざまかも知れぬが、いずれにせよ影響の最大は子供たち。

親も選べなければ、国も選べず、ましてや教育環境においておやである。こんな環境でこそ英才も育つというのも一方の真理かも知れぬが、当事者には持てる者のたわごとであろう。

青空教室もピクニック気分のタマだからいいので、それが常時となれば、その語感ほどはとても快適とはいえぬことだろう。

両親とも無き子もいれば、両方いてもいない方が良かったようなまれな例だってある。よく親の悪口をいうような子供は、ときまって子を諭す大人もいるが、よほど恵まれたご仁に過ぎないので、これも当の本人になってみなければはた迷惑な話である。

所詮幸も不幸も当事者次第、それが日常となればそれが普遍なのである。悪しき普遍を変えるのは、子を諭すことではなく物理的心理的な効能を呼び込むことでしか果たされない。
この場合、黒板一枚ということだが、親を嫌う子も心に傷を負って、その傷口が血を噴き出しているだけなのである。
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posted by キャッツ・アイ at 02:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争・災害

2008年03月09日

海の勇者は、人の政治とは無縁!



この争いをクジラたちはどう思う?
いかにも捕鯨をしないのが鯨の味方のようにも見える。
単にクジラを食する習慣がないだけの正義。代わりに異なるものを食するだけの正義。

いずれにしても人間たちの紛争はそれぞれのご都合による政治でしかない。片や食用捕鯨、片や鯨ウオッチングの観光資源。いずれも当のクジラは迷惑至極。

政治はいつも利権争い、権力闘争。
この争いをクジラたちはどう思う?
人間と関わりあって本当に動物たちは幸福になれるか?

この命題をよそに今日もクジラは潮を吹き、雄叫びをあげる。
その優美雄大な姿態を、海の彼方へ疾走させ続けながら……。
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posted by キャッツ・アイ at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2008年03月07日

酒を飲んでいやなことを忘れたい――これ情動であって結果ではない!



研究しなくても酒が忘我の境地にいざなうといっても、錯覚であることくらい飲む本人もよく知っていることなんだよね。
それを知りつつ飲まなきゃいられぬ情動ってやつが存在するんだよ。一時的な快楽と知りつつもね。

どうも学者の言うことはどこか一本毛が抜けていることが多い。
そんなの研究しなくても、飲めば飲むほどもしそれが悪い記憶なら余計沈潜し定着することくらい、ご本人が経験済みだろうって。

教訓はあまり役に立たない研究を学者という生物はするものだ、ということ。
もう一つの教訓は、酒に逃れるような人間の弱さでは学者の都合のいい餌食になるってこと。
ちょうど哀れなラットのように、ね。

大事なことは逃避を習慣にしないような自らの強さ、情動のバランスを得る方法論を身につけておく、ということである。
同情を必要としているうちは自らに敗北しているに過ぎないからなのだ。

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タグ:学者 ラット
posted by キャッツ・アイ at 19:24 | Comment(1) | TrackBack(0) | 社会

2008年03月05日

甘い生活には多くの代償?究極のデカダンス?



またまたアカデミー賞会場やけど、まあこのクラッチバックを見るだけでも、それだけで大変な買い物だというのがワカル。クラッチバックはおろか、全身を包む数々のアクセサリー、ドレスから下着、ゼーンブ一式で下手なサラリーマンの年収は吹っ飛ぶかもしれない。

いやいや年収数年分ということもありうるわけで、もちろん自前のセレブもいれば、丸抱えの恋人もいるわけだ。男性にとってはこうしてエスコートして連れ歩くのもそれ全体がまこと壮大なアクセサリー。いわば華麗なるデカダンス。

パーティ好きのセレブにはこたえられぬ晴れ舞台でもあるけれど、パーティ嫌いのハリウッド人種もなかにはいて、これがために忌避しているかもしれない。甘い生活には多くの代償も支払われうわけである。

まあ外野で観る分には身銭はいささかも必要としないから、単に絢爛のファッション・ショー、ウーン、これもしてみたい、かどうかはまさしく人生観の勝負となるものよなあ。

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2008年03月04日

アカデミー賞自体よりこちらの方が目移り???



日本ではナイトドレスは公式の場で着る機会はほとんどなくても、アカデミー賞はその一面で観ると、さながら人魚たちのアンサンブル・ショー。

妊婦でもこんなに美しいというところでピックアップさせていただいたのがジェシカ・アルパの輝かしい妊婦ドレス。日頃辛口の筆者も降参の美しさ。

エスコートする男性、つまりは妊娠させた男性も、これでは鼻も高い。
どや、俺が妊娠させたんや。悔しいやろ。悔しいだけ見とれなはれ。
―――とはいえ、そうはじろじろ矯めつ眇めつもできんから、まあ盗み見やろか。

花の命も近頃は太く永ーく様変わりもしてきておりますから、賞味期限も無限大? 賞は受けなくても、見とれたで賞の花盛りではありますな!


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posted by キャッツ・アイ at 04:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能

2008年03月03日

ほんまにこんなんやったかちょっとまた違うのやないの?



犯罪には役立ててほしい科学技術だけど、これどこの左官屋のおっさん?というのがヨハン・セバスチャン・バッハ、と言われてもなあ。

以前公表されていたバッハはなんやったんやろ。楽聖らしかったのは言わずもがな以前の方や。だいたい人前に出るときは少々の構えも必要なんで、ヘアスアイル、髭、メガネ、あれこれ整え方もあるから、このまんまということもなかろうから、その辺少し脚色したってえな、というのが正直なところ。

まるで寝起きを本人に無断で隠し撮り公表というような案配で、死者とはいえ名誉棄損やないの。しかもファンからいえば、コレちゃう、バッハやあらへん、バッハはこんな感じやと、細密画を改めて描いてみたくもなる。

何もかもあからさまにすべきでないのは個人にとっては生命線にも触れること、まあ故人やから文句も出んやろけどなあ、コレちゃうという感覚も留保したいとこやなあ。


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2008年03月02日

初もの同士の対決、どちらの初ものがお好き?



ヒラリー対オバマ、白熱の戦いですね。
この結果によっては、次のようなことが判明するわけです。

というのは、これは<初>もの同士の対決、ということだからです。
女性初大統領、と黒人初大統領、どっちにする?
そういう闘いでもあるわけです。

ヒラリーの場合、もうひとつ、夫婦とも大統領、という初です。
親子は現ブッシュがそうですが、あまり身内ばかり続けたくない思いもあるかもしれません。右を向いても左を見ても身内、二代目が跋扈するわが国よりそこは多民族国家です。

女も黒人もイヤという部分があっても、女より黒人、黒人より白人女性、そんな選択もあるかもしれません。
その意味だけでも、結果に興味は湧きます。

閑話休題。
それにしても外国のトップリーダーを目指す女性はそこそこ品もあり美人の範疇から抜けてはいません。これだけでも見習ってほしいものです。どこかの二代目みたいなコワモテではちと代表になってほしくはない、というのがホンネ。
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posted by キャッツ・アイ at 14:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

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