2008年07月31日

かくしてさらに神話的領域は遥か雲海の彼方に……。



もはや神話的領域に達しているイチローに、さらに讃仰の1ページを新たに加えようと、それがさしたる意味も持ち得ないほど、そこは比類なき哲人の道であろう。
その一挙手一投足、いや、ふと漏らす言葉のきれはしにさえ、人は含蓄を嗅ぎ取る、そんな領域に彼が孤影を映じて久しい。

いかに不振の時があり、打率が降下しようとも、なにイチローのことだから間もなく右肩上がり、三味線くらいのところだろうと、いっこうにその好不調の波など歯牙にもかけないようになって、いかほどの時が流れたことだろう。
まさしく別格、感嘆さえルーチンにしてしまう別格なのである。

記録は踏み越える通過点に過ぎぬと云ったところで、これだけ次々と、未踏の境地を踏み越えてきた足跡を観れば、はるか別世界の出来事とすら感じ、言うことが哲人ならしなうがごとき肉体もまた鉄人、彼の前に立ちはだかるものは年齢、これのみなのである。

その年齢だけは凡百の選手と同じ、避け得ない壁に違いないと、これもまた凡愚は想像するが、おそらくそれもはるか想像を超える仕方で通過してしまうのではないかという期待も同時に孕んでくるのが、イチローという個性なのである。

考えてみれば年齢など、これまでもその時々の年齢を闘い、その時期の領域を踏み越えてきたわけで、いまさら突然年齢が立ちはだかってきたものでもあるまい。さすればイチローはまた独特の仕方でこれまで以上の、先人の例を待たないむしろ風雅な風情さえ示しつつ、その引退のときも静かに歩み進んでいくことは想像に難くない。
神話は、神話的人物によってこそ書きかえられることが、ふさわしいからである。

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2008年07月29日

天は二物でも三物でも…おお!ナタリー!



なにを隠そう、筆者が若き映画女優で、いま最もその映画を注目しているのがこのナタリーなのである。リュック・ベンソン自身が発見したかどうかはつまびらかではないが、その映画で大抜擢したのがスタートだから、リュック・ベンソンの映画における最大の功績とすら思っているくらいである。

「スター・ウォーズ」でのお姫様の頃はまだ雌伏の時、真にその真価を発揮したのが、マイク・ニコルズの「クローサー」(2004)、充分世間的にも評価されたのでこの作品の彼女における価値は相当なものがあろう。まことに見事な転身というしかない。

その後も「Vフォー・ヴェンデッタ」 (2005)も、「マイ・ブルーベリー・ナイツ 」(2007)も筆者には垂涎の名作で、その力量にいささかも疑いはない。さらにさらにその間に見ることのできた「アクターズ・スタジオ・インタビュー」の彼女、利発にしてコケティッシュ、ファン度のヴォルテイジもとことん頂点をはるかに超えた。
賢いのである。表情がみずみずしいのである。感覚が柔らかいのである。いくらでも誉めちぎりたいものだが、映画をご覧になることをお奨めする。メディアの扱いさえ超えるのである。

それもその筈、ハーバードで心理学を学んだ英才でもある。
しかもこの美貌、妖艶。
その美貌を輝かせるときはすぐさま一皮むいて輝かせ、不必要時にはそこらに居る女学生と見まがうばかりの逍遥たる姿に変容する。見事というしかない。惚れる以外に手立ても無い。
そんなありさまである。ファッショナブルにして才媛、天は二物でも三物でも与えたもうのである。
Natalie Portmanは注目するしかないね!

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2008年07月28日

ああ北京!おお北京!やっぱり北京!



オリンピック開催前にこれだけ開催地の問題が話題になるのも珍しい。
開催地を決めた時はまだ大気汚染の程度が進行していず、むしろ開催地に選んだことで、さまざまな産業も勃興し、なにせ人口の多い国、その公害の程度も加速度がついたということなのか。

いずれにせよ大国と言うのはいつも困ったクンだね。白をクロというのは日常茶飯事、スモッグではない霧だと言いくるめる姿勢ではその状態を容認して改善しようとする気すらない、ということではある。
もともとスポーツの祭典という隠れ蓑の中で、オリンピックは間違いなく国威発揚の場であってきたわけで、その隠れ蓑をとればドロンドロンの政治的軋轢が見え隠れするには違いない。

しのぎを削る選手もその軋轢の尾ひれを担っているわけで、そういう眼で観てしまうと大気の前に、もうとっくにオリンピック汚染も歴史的なものになっているとい見方もできるわけである。
しかし、スポーツをそういう政治的側面ばかりで観てしまう不健康は、スポーツ自体の不健康になりかねないので、辛うじてスポーツそのものの健康だけを愉しむ姿勢でファンはその競技の推移を見つめるのだろう。

けれども、ルールにさえ政治的思惑が絡む、もはや政治的産物と化した人類の行く末もスモッグに取り囲まれていることは、もはや避け得ない事態で、大きいことはいいことだというのは、政治をなによりも表徴する言葉に成り果てている気もする。
国威を発揚すること自体はいいことだろうが、その発揚されたその行く先にスモッグが立ち込めるのは人類が関わる限り、必然ということであろうか。
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2008年07月26日

共産主義というか大衆主義というか、実力主義が戸惑うのはそのイデオロギー!



堀江氏有罪、その求刑が重いか軽いかはさておいて、「日本は世界で最も共産主義的な国」という一節にはかなりの共感は持てるのではなかろうか。もっとも成功したそれということも含めて。
いささかもそれを感じないとすれば、むしろその恩恵の内側に居るというそれだけの理由だけではなかろうか。

それに「日本は、共産主義国家が陥りがちな落とし穴にはまってしまったのだと思う。つまり、エリート官僚が、国民にとって正しいこと、最も重要なことを決める国になってしまった」というような発言も、いささか判決を不利に導く公算は、大いに、大であるだろうと感じる。

これは永く日本社会に生きてきて単純に感じることで、大した他意はないが、要は平等のように見える日本の平等は多く悪平等であるということである。これを証左して行くには本一冊を書く質量が必要だろうが、どだいその平等信仰には日頃恐れ入ることが多い。運動会で順位を拒否したりすることもそのひずみのようにも見える。

例えとして格好は扶養手当、などというものである。
この恩恵にあずかっていてもそれっぽっちにしか感じない恩恵ではあろうけれど、多寡の問題ではない。扶養というのは自らの器量で選ぶことで、他人がこれをどう評価するかなど、ある種の侵害行為である。
子供が2人だろうが3人だろうがその個人の人生計画、コレあるために正当な業務評価がなされないというのがこの悪平等の結果である。

つまり、これっぽっちの副収入など業務の器量で稼ぎ出せるという給与規定がこの裏側には無い、ということをこれは示している。
そんな手当てを必要としないで稼ぎ出せる給与規定こそが実力主義なのだ。ぬるま湯温室に居ると気づきもしないが、この奇妙な序列主義は実に数々他にもあるが、慣習として定着すると、まず見直されないのが日本式悪平等共産主義だろう。

「年功序列主義のエリート官僚や、メディアという名の“マインドコントローラー”は、私のように実力で戦おうとする人間を憎んでいるのだと思う」
たぶん堀江氏の真意は、こうした構造的実力主義拒否体制にあると思うが、どうであろう。
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posted by キャッツ・アイ at 12:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2008年07月24日

空間を文化にするソニー!戦略。



文化事業の取り組みに意欲的な企業はいくつかありますが、ソニーなど流石に世界レベルの企業運営だけあって、企業イメエジを高める戦略もなまなかではない。その半端でない企画はいつもソニー故にこそと想わせるだけの、オリジナリティに溢れる。

沖縄美ら海水族館そのものも一度参観したことはあるけれど、このハイヴィジョンも開催中には立ち寄りたいものだと思う。
銀座の一等地にこれだけゆとりの空間を設けている企業はほかに例を見ないと言っていいだろうが、筆者も企業戦士のはしくれ華やかなりしとき、真夏の避暑地としてソニービルにはよく立ち寄ったものだった。

ことに4階だか5階だったと思うが、無料の映像劇場は盛夏の熱を冷ます格好のオアシスだったものである。小一時間、清涼の時を過ごし、時には仮眠などもさせていただいて、疲労困憊気味の英気を回復したものであった。

よってソニービルに限らず、ソニーにはそことなくシンパシイもあるわけで、ソニー製品そのもの(これを書いているのもVAIO!)、或いは映画ファンとしてはコロンビアを買収したソニーピクチュアズなどの動向にも、無関心ではいられないということとなる。

これがただ儲けて大きいだけの企業と違うところで、いつのまにか企業イメエジのひそかな浸透を果たしていることとなる。
大小のアイディアは問わず、ソニービルのような企画に、果してどれだけの経営者が賛同するか、おそらく「その投資はどれだけの身入りとなってプラスするか」という1点で、まず拒否されるのがオチではないだろうか。

沖縄の熱帯の海を体験できるイベント「ハイビジョン沖縄美ら海水族館」の背景には、あれこれの想いも重ねられてはいるのだろうけれども、水族館であるというだけではなし、その基本イデアに、やはり清涼感を持つというのが、正直なところである。
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posted by キャッツ・アイ at 11:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文化

2008年07月23日

たかがピンク、されどピンク、やっぱりピンク!



つまりは洋ピンの女優さん勢ぞろいというわけだが、ケバケバもいればドギツゥで圧倒されそうなのもいて、まあ出るとこ出過ぎ、豊満誇示大会の趣。それでもくらべれば洋ピンは和ピンに比べて美人は多い模様。

近頃ピンク映画事情というのはほとんど未見で知らないけれど、基本的に和ピンは隠微、洋ピンはあっけらかん、という傾向の中にあることは昔も今も変わらぬ基本的通奏低音ではないだろうか。

隠微の方が、劣情を刺激されてイイというお好みもあれば、劣情を刺激されるにはちと美人が少な過ぎるという感想もあって、どっちがいいともいえぬが和ピン洋ピンそれぞれ欠点事情。
あんまりあっけらかんでは乗れんからなあ、せっかくの美人もこれでは台無し、もう少し情緒がなあ、というのは洋ピンへの不満。

それでも見て観ぬからにはと、観て見るわけである。人前でせぬことを人前で見せてくれるピンク女優の存在価値は相応にあるわけで、若き美空でというより、その若き美空でなくては務まらぬ、寿命も限られたお仕事ではあるが、結構例外もいて、永くその地でそのおカラダを存分に使いきる女傑もいて、さすが生命力は男の比とする程度では無いことも証明する。

この世界では現に無くてはならないにしても、あまり前面には出ず脇役に終始するのがピンク男優。授賞式でもまるで脚光を浴びているようでも無いのはお気の毒。この事情、人類最古の職業と同等、その所作動作、男の入り込むには限りなき狭き門なのである。
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2008年07月22日

鵺の国ニッポン、ヌエと読むよー!



公衆道徳という分野は、日本の不得意分野ではなかろうか。
マナーの悪いのもみんな悪いから平気、とでもいうところがあって、恥の文化は封建社会の美徳に過ぎぬ案配かと、いささか街を歩いているだけで、Oh!NO!

マナーが危機に瀕すればローマと言わず、その規制が鎌首をもたげるのもやむなし。パリの公園だってタダで綺麗なわけではない。
こういう議論には決まって規則づくめにすればいいってもんじゃない、なんてご意見が多数存在するのがわが心優しき日本で、では対案はというと、相互の信頼とか、自主性に任せるとか、とかく元の木阿弥に終始する。なあんにも進展しない。

これも島国根性という奴か、周りの空気がそれだとKYと言われても困るとばかりに、ここはひとつ互いの思いやりでとかなんとか、いっこうに改善策など前へ進まぬ。
禁煙と書いてあってもたむろして喫煙、自転車駐車場があっても、自主的に道路上どころか駐車禁止区域の看板を取り囲むように自転車の山。

税金の無駄遣いもし放題なら、税金を納めてればあとは野となれ山となれ、ワイのせいやないでえ、とばかりに相互無責任我慢大会。
貴様はどうなのと言われても困るが、契約している自転車駐車場にしたところが、整理整頓という基本的な決められた場所に奥までしっかり入れて駐車している自転車がほとんどにしても、2〜3割はたいがいどの場所でも逸脱している。

親の顔が見たい子供自転車だけではなしに、その親が同工異曲だから、さもありなん、規制以外どこに道筋があろうかと思う。
嘗めとるんかい! 嘗めとるんよ!
これが慣習としてはびこっているから日本の世界遺産はあまり人が行き交うところにはまず認可は下りない。
いま日本のイデオロギーは、まあまあナアナア主義と化しておる。
どしどし罰金を徴収してもらい、減税のよすがにと思うがねえ。
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2008年07月19日

動物愛護運動の自己矛盾?!?



反対運動といえば、近頃、世界的に半裸が目立つなあ。
これって半裸ばかりが目立って、何の反対運動か、薄められてしまうんじゃないかなあ。
中身を知っている人はそれでもいいけど、あまり関心の薄い人にはますます半裸のみの関心となると思うけれど如何?

ケンタッキーの内情は知らぬけれど、動物愛護の問題は、その対象を日常的に食べる習慣があれば、ちょっときつい問題だと思う。
チキンを食べながら扱いが悪いと抗議してみても、食べているチキンの扱い個々はわからぬわけだから、これもなんだかなあ、ということになる。

倫理的扱いと言っても殺して食べることそのものが、厳密にはもっとも倫理的扱いに反すると思うけれど、こういう自己矛盾には糊塗して抗議する気が筆者にはわからない。
ちなみに別段筆者はKFCのまわし者でもなければ擁護者でも愛好者でもないので、ただただ、これって矛盾してないかなあと感ずるだけなのである。

それに、たいがい人間のすることより動物のすることの方が守るべきものであるとも筆者は思うタチであるから、実に素朴な疑問を呈しているだけなのである。
一、なんで半裸なの? 裸になりたいの?
一、チキンは食べないの? その個々の倫理的扱いを知っているの?
と、そんなところなのである。

これは人間だけを倫理的扱いで観るから起こる矛盾で、人間もまた動物的扱いでその一挙手一投足を見てみれば、やっぱり動物たちも、(倫理的に)なんだかなあ、と思うはずなのである。
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posted by キャッツ・アイ at 10:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2008年07月18日

野茂選手の果たした軌跡は、集団志向へのアンチテーゼ!



日本人大リーガーとしては後世名実ともに第一人者に位置づけられるだろう野茂選手の引退は、ただただごくろうさま、と申し上げる想いだけれども、今日のように猫も杓子も大リーガー志向の時代となってみると、その志の違いによる線引きくらいはしておきたいと思う。

よく言えば我慢強い、しかしともすれば忍従を強いられる、日本の集団性の強い社会構造で、野茂のような生き方を貫くのは、大変な至難、まずはつぶされるのが、多くのオチであろう。

野茂自身は野球が好きで野球のことだけを考えていただけだったかもしれないけれども、結果としてその生き方は集団志向を脱却した見事なアンチテーゼとなったと思える。

それにはなによりその障害となる日本を脱出したのが正解で、そのいつも寡黙なインタビューにいっさい多くの説明を加えず、あたかもそれは「野球が好き」それ以外の雑念を寄せつけない、拒否するが如くだったことがそれを証明しているような気がする。

記者の質問などというものはおよそ固定観念を多く押し付けてくる部分を含み、これに応えなければ不愛想とか非協力的とか、これまた固定観念の誘導であることも充分知ったそれは対応で、その陥穽にハマらないできたのも、野茂のかえって明確な視座を示すように見えたものだった。

とにかく野茂の偉大は、記録は当然にしても、もっとも評価すべきは、その軌跡を孤軍奮闘で成し挙げたということで、野球以前の押し寄せる雑念にいささかも惑わされぬことだったろう。
苔の一念のように「野球が好き」という信念のみがそれを支えたように見えるのも、他山の宝石とすべきではないだろうか。
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タグ:野茂引退
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2008年07月15日

「美人コンテスト界の超大国」となる日は来るの?



早いもので、また1年がへめぐり、新しいミス・ユニバースが選出。
昨年、日本人ふたりめのミス・ユニバース森理世さん、実に48年ぶりでしたからね。もう新しい時代がまた幕開けなわけです。

少しおさらいをすると、日本人初のミス・ユニバースは'59年児島明子さん、3位までの入賞者となると、日本人初は'53年、八頭身という新語が耳新しく闊歩して、伊東絹子さんが第3位というのがやはり目立ちますねえ。2006年に知花くららさんが第2位というのが耳新しく、2007年森理世金的射止める、ということになるわけです。

5位までというのもなかなかの難関で、'55年高橋敬緯子さん、'88年坂口美津穂さん、2003年宮崎京さん、TOP15ですら他に数人を数えるくらいですから、大変な狭き門なわけです。
入賞は逸していますが、女優の萬田久子さん、写真家の織作峰子さんは、ミス・ユニバース・ジャパンの出身ではあるわけです。

日本人女性の受賞が少ないのはおしとやかだけではダメなところもありますし、なにより体型的なメリハリが欧米人に負ける、アジアではそのメリハリが際立つインドが受賞王国であることがそれを示しています。
国連の常任理事国であるより美人の受賞大国であった方がずっと嬉しいものです。

2006,2007と日本人女性が2位と優勝を勝ち得たのは、まさしく体型の変化と、そのダイナミズムを身に備えてきたからではないでしょうか。
意外にイタリア女性の受賞が少ないのは解せませんが、参加の有無もわかりませんし、コンテストの盛んな国とそうでない国とではおのずからその位置づけも違うものと思われます。

今年のベネズエラ女性もなかなかに野性味があって、ミス・ユニバースの伝統的なお好みのようにも思われます。
いずれにせよ綺麗で、その上動きがダイナミックな輝きに充ちるとなれば、美しきことのみが信仰対象である筆者などは永く続けて欲しい行事ではあります。

そうそう、本年度受賞のDayana Mendozaさん、男女の違いについて問われたとき、「男性より女性のほうがある地点までたどり着く最も早い方法を知っています。男性は、まっすぐ進むことだと考えますが、女性は曲がり道を進むことを考えますから」と答えているそうです。
美と聡明が結びつくと、こうして男は太刀打ちはできないわけです。
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2008年07月14日

ビッグ・カップルは意外に着実。行く末も着実?



この名実ともにビッグカップルには、6年5月に女の子を出産ということだから、この双子でふたりの実子は3人ということか。現代の選ばれしカップルということではあるだろう。

アンジーはオヤジと同じ俳優業とは言え、とても七光りの範疇ではなく、見事に明確な意志と視座で着実にその地歩を築いてきたし、ブラピもまたアイドルの範疇から大きく踏み出す出演を積み重ねてきた。
それぞれ3度め、2度めという結婚歴に、はたしてこれで終止符かというくらいが外野の見つめる課題かもしれない。

正統的な美人というよりも、そのキャラクターの魅力で支持者も多いアンジーの、これも極めて特異なナイフや入れ墨や、或いはボランティアへの肩入れが、それが特異であるからこそ余計その嗜好を明確化して人気や信頼を高めている部分もあることに、実は注目すべきだろう。

蓮っ葉でじゃじゃ馬のようでありながら、なお反発より共感を生む、そんな流れへのさらなる羨望も、人気の内にはひそんでいる気がする。
ブラピもまたそのアイドル的女性ファンの人気の高さから見てみると、意外に肩透かしというべき確実な演技者であることに、これまた信用銘柄としての着実性を高めてきたといえるだろうか。

筆者のふたりの出演作の、数ある作品中ことに隠れたお奨めはそれぞれ「ポワゾン」(2001)「ジョー・ブラックをよろしく」('98)であるが、これに加えるに「Mr&Mrs.スミス」を推するのは、そこに見られる結婚への視座がなかなかにシニックな映画の風合いが好みだからなのである。この結婚の行く末は、だからなお楽しい見ものとは言えるのだ。
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2008年07月12日

世界のトヨタはいま、私のトヨタなのよ!



何を隠そう、筆者もプリウスがマイ・カー。もうすぐ3年ほどになる。
ガソリン高騰だろうが、そのアップダウンに、一喜一憂することも無い。スタンドに行くのはせいぜい3ヶ月に一度、燃費の心配は、皆無に近い。

と、エコ・カー礼讃を始めたのも、いまだに未体験ゾーンの方に、「スピードは出るの? 電気、持つの? 高速大丈夫?」などと、世界のトヨタを見損なう!ような、ご質問があるからなのだ。

ゼーンゼーン、どれもこれも問題なし!コンセントで充電するのじゃないのだ。走っていれば充電、つまりは走ること自体が、消費電力以上に燃費注入なのだ。知ってた?

10円ほどの違いが大変な違い、ガソリン・スタンドに行列、なんてニュースを見るたび、その時間と費用の無駄を思うのですね。
なんでエコ・カーにしないの? それが不思議。
まあこれも好きずきなら、致し方も無いけれど、経済効率、時間効率、言ってみれば、不安要因一切除去のためにはプリウス最高!ですな。

そのプリウスがまた進化して太陽光発電も備えようか、というニュース、初代プリウスはカタチがどうも、と感じて手控えたけれど、先頃の洞爺湖サミットでも、そのメディアセンターで次世代自動車の展示・試乗コーナー「環境ショーケース」で最新技術を駆使した数々の日本製エコカーが展示という。

写真を見ると、その未来コンセプトにはますます魅力を覚えるね。
いずれにせよもうエコ・カーに転換して、既に、世界のトヨタは私のトヨタ、なのよ。そろそろ時代の流れを考えた方がいいかもよ。
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posted by キャッツ・アイ at 13:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | ライフ

2008年07月10日

青色に金、それがユーロカラー、おぼえておこうかなあ。



ライトアップは省エネの敵、という向きもあるだろうが、意外に電力消費は大したことも無いらしい、という擁護の向きもあって、それもこれもライトアップの輝きが目立つからかもしれない。

筆者も美しいことはいいことだという方ではあるからこの動画もキャッチしたわけで、ティータイムのゆとりある憩いの時間に覗いて観られることをお奨めする。
エッフェル塔だって、東京タワーだって、建設当初はその存在は美観を損なうと甲論乙駁、反対意見の方がかまびすしい有様であったというから、ライトアップに目くじらは立てまい、というところ。

その両者とも歴史を経て、その都市のシンボルともなっているのはご承知の通り。そのありかが交通上のシンボルともなって、道路不案内の人間の、確かな灯台の存在にもなっている部分もあり、単なる暗く黒い鉄塔であるより、しっかりその存在を誇示していてもらいたいというところもある。

東京タワーより高層のテレビ塔も立つようだけれども、美観というのも考慮する要素ではあるけれども、人間の情操に根差すものだから、これも時を経、年輪を重ねて変化ももたらすもの、綺麗なお姉さん好きですか、と同じ、好きやねんと感じる習慣の方が素朴でいいかもね。
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posted by キャッツ・アイ at 08:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文化

2008年07月09日

生きものを装飾品にする、人間の傲慢に無感覚な似非ゴージャス!



ペットのいる意味合いは人それぞれでいいのだろうが、こういう可愛がり方が果たしてペット自身にとってゴージャスか、むしろ飼う側の自己充足以上ではあるまい。それもひとつの意義と言えば言えるのだろうが。

筆者などはペットに服を着せたりするのはクリスマスくらいにして、普段はその野性をこそ愛でたいクチで、文明の毒はできるだけ遠ざけたいのが基本で、何でもかんでも人間と同じにしたからと言って、ペットが幸福とは限らないし、ゴージャスというのも人間の感覚、ごほんワンは迷惑至極の公算が高い。

唯一、清潔綺麗にするところくらいが共感できるところで、その費用があったとして同じことをしたいとも思わない。パックまでするようでは野性の滅亡というものである。自然治癒力などというものも、過保護にすればするほど失われる。
まあお墓をとことん立派にするのと同じで、死んだ本人にはあずかり知らぬこと、ごほんワンの個性とは全く関わりのない飼い主だけの自己満足、想い出づくりのようにしか見えない。

まあペットをステイタス代わりにする社会構造でのみ有用なことではあろうが、これもとうていわが趣味ではない。
たださえ疑似野性、人間自身にはとことん失われている野性の、その憂き目をペットにまで味あわせたくはない。異種が共に歩み寄れるその至福感もこれでは台無しであろう。

人間というのはどんなカタチででも傲慢になれる、その証左と言ってもいいかもしれない。無くてはならない装飾品という把握だから、もはやなにおか言わんや、ではあるが……。
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2008年07月08日

環境問題は、わが美と健康に関係するんやけれど……



もともと政治って、嫌いやねん。
国民の義務としての関心くらいはあるけれど、変わらんからねえ。これほど変わらず、停滞し続け、淀んだ濁流に身を投ずる気持も、そもそもワカらんねえ。

主要8か国と言ったって、誰が勝手に主要と決めたん? というのが根本的にあるよね。その傲慢に気づかぬのが政治家という種族で、そんな繊細は政治家としてのリスクでしかないののもワカらんではないけどね。まあ趣味くないのよ。
反対運動もそんなところがまず基本に在るのかもしれない。

でもその反対運動にもあまり関心も無いね。
そもそもサミットもいわば互いに勢力の力関係にこだわる綱引き大会のようなもので、なんだかね、こういう方面好きな種族もいるからね。
エネルギーの発露やさかい好きなようにしたらエエ、というのは不謹慎かなあ。

筆者の生きるテーゼは美と健康、まるで資生堂のテーマみたいなもんやけど、今回のサミットにサルコジ夫人カーラがどういうわけか参加しないということで、興味はますます薄れてしもうた。
カーラの動静のついでにサミットの中身も伝わるかと、その程度やな。
わが情操からすればカーラ夫人くらいしかアンテナに触れんのよねえ。
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2008年07月03日

地球の心拍が怪しい?だんだん夢にも出てくるよ!



遂に北極に氷が無くなるかも、無くなれば当然シロクマくんはエアコンのみとなるか、ということだから由々しき事態。
地球の存続も人類の存続も?!?!?!?ということだろうか。

北極の氷が溶けることによって、世界周航のための新たな航路が生まれたり、北極付近に埋蔵される天然資源を採掘しやすくなるという側面もあるとは言うが、これこそ本末転倒、便利効率ばかりを追求してこの事態なのだから、この上の便利効率は炎に油のごときシワザともなるのじゃないの?

北極海航路がいかに時短の秘法になろうと、北極点に氷が消えた時、地球自体の生命呼吸、血液回路がどうなっているかの方が優先事項ではなかろうか。いささかの不便もいささかの迂回も、時に生命活動の必須事項ではないだろうか。

どうも当初の予想より既に加速度が付いているらしく、溶解の速度は半世紀近く縮まっているということでもあるようで、壊れてしまって慌てる政治状況そのまま、近頃ニュースを観ていると希望の灯は揺らぐどころか、灯らんから見ないふり!――でもコワイんだよね。
それ以外でも、あちこち崩れる音が聞こえるやろ?
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2008年07月01日

我慢の国には縁のない解体スケール!我慢こそ解体したいもの!



壊さなくてもいいような堅牢なホテルだけれども、改装したいのだからこれも仕方ないか。解体パーティにはハンマー持参が鉄則、スグに思い浮かぶのはストレス発散、でもね、壊すより持ち帰った方がいいようなものの方がホテルには多いと思うけどね。

それにストレスは政治に対するそれくらいで、こんなことで発散できるストレスの持ち合わせも筆者にはない。それよりもこの解体パーティサイトの方がまだしも面白い。イントロ画面の下のThe Demolition Party.tvがなかなか凝った造りで、いつまでも無いだろうから観ておくことをお奨めする。

ホテル宣伝のイベントとしてはこうして世界的規模の効能はあるわけで、解体パーティそのものよりもこういうものを企画して実行するエネルギーこそ感嘆ものではある。
ホテルにはふつうの建築物に幾層倍もするさまざまな行為や思い出が染みついているわけで、それをこそ一新して新装ホテルとしたいのが、ホテル側の思惑ではあろうか。

いずれにせよストレスを放射した後に残るのは新たなストレスには違いない。かけらと言わず、壁に埋め込まれ備え付けた調度を業者ともども同道し、綺麗なまま再生利用しては反則だろうか。解体作業を請け負う建設会社の作業員の中には、いつもならそうして持ち帰れるものも破壊の憂き目にあうとなって、それこそストレスの溜まる想いだろう。
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