2008年10月31日

美尻の選択ほど難事はなかろうが、そこに美尻あるからこそ!



「いいケツしてるなあ」というのは実は男の美尻感嘆の言葉なのであるから、その美尻コンテストがあっても一向に不思議ではないわけではあるが、そのケツだけをくらべていてはそれがほんとうの美尻かくらべようもないのではないか、という一面もある。

果たしてどういう選考をするのかつまびらかではないけれども、「いいケツしてるなあ」ということばの中には極めて性的な嗜好も含まれるわけで、そのカタチが全身のバランスに果たしている絶妙の魅惑を、端的に表現はしているわけではある。そこのヴィヴィッドな嗜好をどれだけ汲みとれているか、しかもふだんは衣服で覆われたところのそこであるから、魅惑の真実は微妙にズレることも考えられる。

まさしくケツだけをアップしてくらべて観てもそれは桃の品評会と変わるところはさほどなかろうから、その密度、弾力、充実度がいかばかりかということなのであろうか。しかし傷ひとつ無きプリンプリンであれば、おお麗しき美尻、愛でるべき哉、と感じる以外順位ずけなどこれまたワカらんのがふつう、むしろ桃割れに分け入って、食べてみなければわからぬ、というところでもある。

ここはオランダ大会、国際大会はパリでということらしいけれども、当然優勝者は艶といい触り心地といい、なだらかな丘陵の流れ具合突起具合、美尻から見れば裏側にある宮殿の、えもいわれぬそそり具合、なまなかな美人コンテストよりはるかな目利きの眼を要すると思うが、いかがなものであったろうか?

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タグ:美尻
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2008年10月30日

草葉の陰でもいささか嬉しくもありのランクかも?



死してなお稼ぐ長者番付。
しかもなお現役で活躍する歌手ジャスティン・ティンバーレイク(Justin Timberlake)の4400万ドル(約43億円)やマドンナ(Madonna)の4000万ドル(約39億円)を上回るというのだから恐れ入る。人気のほどが知れるというものかもしれない。

あまりなじみのない名前もあるけれども、そのベストテンを転載してみると、意外な名前も見つけられる。アインシュタインなど、凄いというほかない。
1位 エルビス・プレスリー 2位 チャールズ・シュルツ
3位 ヒース・レジャー 4位 アルバート・アインシュタイン
5位 アーロン・スペリング 6位 シオドア・ガイゼル
7位 ジョン・レノン 8位 アンディ・ウォーホル
9位 マリリン・モンロー 10位 スティーブ・マックイーン

マリリン・モンローは当然にしても、スティーブ・マックィーンは意外という気もするが、エルビスやジョン・レノンともども、いずれも早世してしまったスター、というのが共通項ではなかろうか。その点ジェームズ・ディーンがここに居ないのは資産を造るマもなかったというべきかもしれない。やはりその名声の資産価値が、いまなお新たな資産を生んでいるということだろうか。

エルビスの2年連続というのは特別なイベントを超えても、かなりな部分納得できる客観性があるのではなかろうか。その音楽性のインパクトは時代も超えるというほどのものなのだろう。
浮き沈みの激しいところは生者の長者番付以上ではあろうが、むしろこちらの方が本人のあずかり知らぬことだけに、余計に誇るべき成果かもしれない。

凡愚はこうした数字を見ても、懸け離れ過ぎてとても悔しいとか羨ましいとか、そうありたいという希望さえ浮かんでは来ぬが、世情人心の、ひとつの帰着として大いに興味はおぼえるものではある。むしろベストテンに続くベスト100くらいを知りたい気もするが、フォーブス本誌にそれは掲載されているのだろうか、というところではある。

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2008年10月28日

ようやく結論、WBC野球監督人事!


出張決定.jpgようやっと<WBC世界野球>の監督が決まったなあ。
原監督には悪いけど、大山鳴動、ネズミ一匹ちゅう感じやないの。
別に原監督がネズミちゅう訳やなくて、その経過がなあ。なんか元スラッガーたちが会議して決めた結論がこの程度?ちゅう感じやねんなあ。
(蔭にフィクサーもいる感じがするけど、それもなあ)

「誰にも文句が出ん」人事、これってあまりに日本的、当たり障りない人事、現場の実績重視とも言うけど、要は選んだ方でもあとで困らされることのない人事、というのがあまりに日本的。これが世界一を競う野球の監督人事と思うとちと情けないなあ。

同じ穴のムジナ一族、というのは一般社会の組織といささかも変わらないようで、海外からイチローのひと声で右顧左眄、言われるまでもなく本気で選ぶというより、無難に無難にというのが第一の眼目みたいだから、本気以前。イチローはそのことを言うとるハズやのに、徹頭徹尾、そんな感じや。まあ王さんが決めたことだからと、イチローもあえて言わんやろけど、締まらんなあ。

成りたいのはいっぱい居るけど、やらせたいのはいない。そんなことかなあ。互いに牽制、あいつにはやらせたくない、甲論乙駁、ひとつにまとまることが無いということや。いっそ無記名投票で選んでみてもおもしろかったのにと思う。全員一致をめざしていればこんな風になるかなあ。それだけの結論や。少々あほくさいけど、問題はチームとしてどう機能するかや。楽しましてもらうのでなあ。

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2008年10月25日

痩せても涸れても、人間社会!



保険金殺人の犯人が77歳と75歳のふたりの女、まずこれに驚く。
終身刑といったって、老い先を考えれば罪科は軽く見積もられたようなものだ。まあ悪そうな顔をしているのは非道なことをする人間共通のことかもしれぬが、夢や希望と一番縁遠い顔とはこんな顔かも知れぬ。

日本でも先頃宝くじ2億円を当てた女性を殺害した男のニュースもあったが、数年は着服した金を消費したようだから、人間の酷薄な欲望にはとめどが無い。殺された女性も喜びがたちまち奈落のきっかけとなるのだから救われない。付き合う相手を間違ったというしかない惨事ではある。

このアメリカの保険金殺人も1999年に保険金をせしめて味をしめ、2005年にまた再犯というようだから、その罪科は重い。しかも相手はほぼ無抵抗の路上生活者、それに殺害者よりいささかは若いというのも救いが無い。もはや人間相手というより金の成る木としか相手を見ていない、見ようともしないその感覚がおそろしい。

よく付き合う相手が悪いともいうが、路上生活者にその選択肢もなかろう。弱者と観れば嵩にかかる人間の醜悪な一面というしかない。
金の貸し借りで友情にもひびとか、仲の良かった家族も遺産争いで疎遠にとか、金を介すれば様相が一変するのはことの習いかもしれない。
その意味では商売でもうまくいっている間は相互に栄耀栄華だが、ひとたび片方が蹉跌していけば縁なき衆生、いつもニコニコ現金払いではある。

そんな日常の摂理にこうした事件は、暗闇のクレバスを示して人の世の世知辛さを照射して見せる。黒い未亡人も白い未亡人も、紙一重なのではある。年齢を超える生命力という一面もないではないが……。

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2008年10月24日

記者はんも、行政に国民が望むことはそんなことではないんよ!



ホテルのバーが高いか安いか、基準にもよるだろうが、それ以前に生活スタイルはそれぞれの生き方にもよることだから、政治家だから、一国の首相だからといって、庶民的である必要を強要するのはこれも麻生流に言えば、いかがなものかと筆者も思う。

よく庶民的な生活習慣の首相をいただいて安心する向きもあるけれども、そんなことより何をしてくれているかがイの一番の大事なので、どこで飲もうが喰おうがいちいちクレームをつけるのは、これもいかがなものか、である。せいぜい余暇は良き時間を過ごし、よろしきものをお食べいただいて、明日の活力を身に取り込んでもらいたい、というだけである。風俗に入り浸っているというならいざ知らず、そこが高級レストランだろうと、ホテルのバーだろうと、余計なお世話というべきである。

そんなに杓子定規に庶民感覚を強要して庶民感覚が身につくものか、ハナから無理な話なのである。いつも定食屋に行きのれん屋台で飲めば良い政治ができるのかも疑問不思議で、むしろそれは単なる見せかけだけの安心に過ぎないのではなかろうか。そんな付け焼刃をするエネルギイの代わりにすることはヤマと在る筈である。まあ記者も話題をつなぐさしたる大事とは思っていないのではあろうが、紙面スペースを割くほどの話題ではないことは確かである。

これだから政治家なぞによくなるなあと、むしろこのしちうるさい環境に身を置く政治家という職業の俗な現実を忌避したい筆者などは、この放ったらかされると淋しくなるような、いつもおのれの力のほどを確認しつつ対外的に誇示することに喜びを感じるような、政治家のありように、よーやるなあ、面倒くせえ、と感じる筆者などは、記者も政治家も一応は最高学府で学んだ上のていたらくのありようにしか見えず、他山の石でしかないのではある。
同じ様なめにも、同じようなことをする身過ぎ世過ぎも、しとうはないなあというだけの、他山の石ではあるのだが……。

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posted by キャッツ・アイ at 09:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2008年10月23日

映画祭もあちこちあれこれ在り過ぎても………ね。



BS2で永く放映されているアクターズ・スタジオ・インタビューを見ているだけでも、俳優たちのアクターズ・スタジオに対する念は、なまなかでないことに気づくが、その魅力を「アクターズ・スタジオが無料だということはあまり知られていないが、誰でもオーディションを受けることができる。年齢も出身も、どこの団体に所属していても関係ない。オーディションに受かれば、生涯の居場所を得られる」と教えられると、いまさらながらのその伝統はこの世の至福たるべきところかもしれないと、思う。

日本でもこれに比する集団があるのかないのか、俳優座養成所かか文学座か民芸か、はたまた無名塾か富良野塾か、不明にして知らぬけれども、至福と同時に当然それは結果としての至福であって、そこでの修練もまた至福たるべきものにするには、或いは成功という美酒を酌んでこそのものという部分もあるだろうけれども、無いと在るとでは大違い、若き時間をそこに過ごせる至福はそこに居てもわからないというほどのものではあるだろう。

同期にあの人この人その人がいたと、むしろそのときに気づくのでなしに、後年遥かな記憶をたどり寄せて、そのあの人や、あのこの人と、しのぎを削る環境に居たと、改めて思うそのときでもあるだろう。
そのアクターズ・スタジオに幾多の名優の輩出に対して功労賞ということなのである。ローマ映画祭はまだ3回目の新興映画祭であるだけに、こんなフォーカスの受賞も果たせるのだろう。

映画祭もいまやあれこれあり過ぎて、受賞価値も低下しているとは思えるが、アクターズ・スタジオなど受賞しようがしまいがあまりにも厳然とした価値があり過ぎるから、授賞したほうがむしろ価値をいただくほどのことかもしれない。アル・パチーノを呼べば付随して多くのスターも来訪する。映画祭の宣伝としてなかなかの裏ワザではあるだろう。
聞けば既にその予算はベネチアを上回り、その中身も公的資金を1ユーロも受けていないという。が、これだけ映画祭が乱立するようになるとそれぞれの営業活動も今後の予算編成も極めて至難だろうから、その布石と、コネクションの拡がりを策したとも見えなくはない。
まあアクターズ・スタジオクラスの作品なり成果が林立するような映画祭ではあってもらいたいものではあるが……。

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2008年10月22日

スポーツに身を染めるものはこうありたい岩村明憲選手、大拍手や!



猫も杓子もなびくほど現役プロ野球選手が大リーグに行く時代となって、あまた海を渡った日本のプロ野球選手は、大げさに大きく分けると、鳴り物入りで破格なギャラで行く選手と、むしろ地味に人知れずとというくらいで行く選手と、そんな色分けもできるかと思う。そのむしろ地味組に属しているかと思える岩村選手のこの大活躍はいささか嬉しいね。

いや、その中身から言えば特筆大書きしてしかるべき転身やなあ。
もともとヤクルト時代からわがタイガースがいつも痛い目に遭わせられた思い出はこの岩村選手のホームランやった。実力も誉れもあるスラッガーなのだが、その転身先がデヴィルレイズ改めタンバベイレイズだったのが、その誉れをいっそう拡大したなあ。

ご承知のように日本ではまるで金で優勝を買うかの金権補強で、猫も杓子もジャイアンツ、ブルータスお前もかという状態、そんな心象から言っても、万年テールエンド、新興球団で、まるで優勝戦線に縁の無かったレイズでの活躍はその気骨をいや増す行い、拍手倍増の成果と言っていい。

スポーツ選手が金さえもらえばベンチでお茶を濁してもイイでは、スポーツが泣く。そんな意味でも出場機会が存分に見込まれるチームで、レギュラーを取りとにもかくにも活躍機会、その選択の上での浮上、しかも若い選手の多いチームでの先頭打者としてのリーダーシップ、そのキャリアを存分に示したのも、道なき道を切り開いていった野茂大人に比較すべき誉れや。
イチローや松坂の成果も見事なもんやけど、この岩村選手の大活躍は少年少女のスポーツ目線で観ることのできる、勇気ある夢物語で、スポーツ選手はこうありたいね。

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2008年10月21日

異国異人種がそろって、美は乱調にあり!や



横浜・三溪園へはなんどか行ったけど、これほどの美形には遭遇したことないなあ。横浜・三溪園そのものより目玉かも知れん。それにまだ選考前というのも、箔がつく前の生成りちゅうことで、それもエエ。遭遇したかったなあ。

それぞれ実が弾け飛ばんばかり、ホットパンツで肌をさらす美女もさらさん美女も、そのまんま衣装を弾け飛ばさんばかりの生きの良さやなあ。必ず好みが見つかる集団やさかい、集団見合いもいいかもね。体力に引けを取りそうやけれども。

緑いっぱいの風景にも似合うけれど、日本の緑は少々くすんでいる感じやから、なおかつ目立つ華やかな輝きや。それぞれのお国柄も代表して互いに親睦を兼ねての事前興業みたいなもんやろうけど、行く先々で圧倒する華やかさやろなあ。いっちゃんええときかも知れん。

コンテストちゅうのは女冥利の大会や。ここから齢を経て美を保つのも余人の想像を絶する闘いかも知れんけど、世界レベルの美形となれば周りもほっとかんやろしなあ。
美は乱調にあり、とも言うけど、これだけ異国異人種がそろえばそれ自体が乱調の美や。美の掛け算で幾層倍にもなる絢爛異夢かも知れん。

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2008年10月20日

刺青からタトゥーへ、或いは美的形象の変遷。



エビアン・タトゥー・ショーに限らず、海外のタトゥー人気はエキゾチシズムも手伝ってか、あるいはボディー・ペインティングの延長上にとらえられているのか、いずれにしてもお膝元の日本とは異なる印象の、きわめて向日性のものではある。

それはそれで結構なことで、ところ変われば品変わる、その評価や把握が逆輸入されて、元のタトゥー自体の存在意義にも微妙な向日性の揺れを覚えさせてもいるのは、永き時間の中でもすっかり定着してきたことではある。この種の催しが日本であまり聞かれず(知らぬだけかもだが)海外でのみ多く聞かれるのは、その実質的で日常的な嗜好自体がもはや格差を持ってきているのではないかと思わざるを得ない。

むしろいまだに日本でのタトゥーの印象といえば、日常というより非日常、社会的定着というよりやはり限りなき反社会的印象、もともとの出自から言っても刑罰に多く用いられたことでも明らかなのではあるが、しかし海外でのタトゥー人気とは、これとはまさしく似て非なるもの、ファッションの新分野でしかないのかもしれない。

けれども、考えてみればいっさいの芸術の発生もまた、その当初は閉鎖的で隠微なところに落とし込められていた者たちの逆流現象というフシもあって、このタトゥーの場合、海外で逆にその美的側面だけを抽出培養されて隆盛の道を辿ったと、言えなくはない。
まこと時移りところ変わって、その生命が脈々とその命脈が途絶えぬのは、刺青と、アートメイクとしてのタトゥーとしての変遷はあれども、そこには人のライフスタイルの必要が生みだすある種の必然とは言えるだろう。

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2008年10月18日

末期症状?それとも捨てたものじゃない?



金融危機でも不況でも、セックス産業は強い。別のニュースでは家電も強いというから、これらはいかなる兆候ということか。
前者は貧乏人の子沢山というようなことか、他の趣味も面倒でひたすらいたすのみということか、後者はひきこもりが増えて外出娯楽より自宅娯楽にシフトを変えるというようなことか。

いずれにしても双方経済的には無料というわけにもいかぬことだから、消費願望自体が衰えているわけでもないということで、まあご同慶の至りなのかどうか。いよいよの経済恐慌であれば、これまた双方とも自粛せざるを得ないのではなかろうか。失業者が野に溢れてゆけば、セックスどころでも家電どころでもないだろうからなあ。

しかしアメリカでは失業者が増え、家賃が払えず、ホームレスも増えているというから、これまた階層が微妙に違うということかもしれない。
まさかひと夜の安らぎを売春宿に求めるということでもなかろうし、家電にしたっていよいよ経済が底をつけば、それどころではあるまい。

となれば、まだまだ余力があるのか、或いは風前の灯が一瞬明るくなるようなことなのか、あくまで階層の違う世界の出来事なのか、悩ましいことではある。
しかし、ひきこもりといい、オタクという行為も、人みな歳を取れば誰しもひきこもりでオタクなのではなかろうかという点に想いが至れば、金融不安はまさしく経済の老化現象かもしれない。
家電についてはそんな説明もつく。が、セックスは老化現象とは反比例の行為、まだまだ捨てたものではないという、ほのかな灯なのであろうか。いやはやしかしいよいよ齢を重ねても願望だけは衰えぬものだろうから、これもねえ、いずれにしても人間とはおかしなイキモノではある。

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2008年10月17日

人生の大事も、離婚で良くなることもある!



やっぱりねえ。内容はまだ定かではないけれど、相手が10歳下で映画監督であれば、8年は続いた方ではないかねえ。それにマドンナの方が名前が大きいわけだから、これは当初よりいずれ無理が来るという予測もつけられるカップルではある。財産分与だけでも今回はさらに大変!

有名歌手や女優との結婚の継続が難しいのは、家庭にあってもスターがウロウロしているわけだから、まず落ち着かない。落ち着く場所が落ち着かないとなれば、筆者なら別に落ち着く場所を造るしかないこととなる。ハナからスターとの結婚はやめた方がイイ、ということになる。
唯一可能性があるのはスターが家庭に収まった場合、そのスターの要因であるビジネスを廃業した場合くらいだろう。

スターの卵がスターの道を断念して結婚を選ぶ時を観れば、この違いがさらに明確だろう。映画監督でも永続きしたスター女優との結婚は極めてまれで、たいがい破局を迎えることが多い。フェリーニ&ジュリエッタ・マシーナがその特異な例だが、これも無名時代からのコンビであるからこそで、実質スターとの結婚とは言い難い。

それに女優に惚れ過ぎていては作品がたいていお粗末になっていく、というのも映画監督のよくある風景で、作品が自立し難くなるのか、その例証はいくつもあって、古くは結婚まで至らぬ例も含めると名匠ジョゼフ・フォン・スタンバーグ&マレーネ・ディートリッヒのコンビ終盤(ディートリッヒはしかしスタンバーグから多くの滋養を仕入れたようで、そのカメラ位置や照明の直伝のこだわりは他の追随を許さぬプロ仕様だったといいます)。ロッセリーニ&バーグマンなど結婚したとたんのコンビではあったけれども、その以前と異なり全く冴えなくなってしまったロッセリーニ作品(離婚後「ロべレ将軍」でいささかの復活は致しました)。ティッピー・ヘドレンに懸想した時のヒッチコック作品「ファミリー・プロット」の乱れよう。

結婚も離婚も人生の大事であるには違いないのですが、ライフワークであればある程、それはビジネスの一大事でもあるということです。恋の愛のと浮かれていても、創作活動にひびが入る一大事でもあるということでもあるんですね。果たして離婚後のガイ・リッチーの作品の変貌は如何?

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posted by キャッツ・アイ at 12:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能

2008年10月16日

長寿の秘訣は千差万別、生き方の良し悪しで100歳を超えるんやないの。



まあ一理はあるよなあ。あれこれと連れ合いの言動で心身ともにズタズタなんてこともあるしなあ。でも稀にはその逆もあって、連れ合いが居てこそ天寿を全う。片方が亡くなると追うように残された片方も逝く。

結局は個人差だろうし、その生活をどう楽しんで日々を過ごせるかどうかしかないんやないの。独身生活は淋しくてたまらないという人にそれを奨めても無理が生ずるだけで、破綻も見えてくる。

夫婦生活も大変だろうけれど、独身生活だって、それなりの苦労もあれば克己心なくしてそれを続けながら楽しむという心地は、万人ができることではない、とも言える。

常識的なつがいで生涯を終えるにしても、必ずどちらかが先に逝く。逝かれてしまえば残された方は以後いやでも独身生活なのだから、夫婦の心得以上に、独身生活の心得の方が日頃念頭にないだけ難しいとも言える。

若き時の独身がそのとき参考になるかというと、ほぼ役には立たんだろうなあ。
なぜかというと、なんといっても若き時代は、肉体の健康があらゆる心配を覆うがごとき、と言えばいいだろうかねえ。40代後半からこそ本当の独身生活なので、それを有意義にできるかどうかというのが、勝負ということやろなあ。

ただ心細くなって心理バランスを崩す独身男や独身女の事件は結構あるからなあ。
まさしく生き方が勝負の40代後半からの独身生活や。そこがとことん楽しめる境地でこそ、この長寿の秘訣、ということにもなるので、老齢を心身ともに!健康で乗り切るのはそれだけでエライやっちゃねんでえ。それを踏まえての秘訣と思うなあ。

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2008年10月13日

疑惑もまた虚構に変える?自殺。



かくも永き疑惑、疑惑をそのまま疑惑として自ら葬り去ったかに見える自殺。十代から拘留や裁判と無縁ではない生涯。
ロス疑惑として騒がれた時には連日その顔がTVに現れない日はなかった。その挙句の拘留、裁判。挙句の殴打事件有罪。銃撃事件そのものは無罪。裁判と訴訟に彩られた生涯。

自殺も狂言が事実となってしまった狂言自殺の失敗という説がある。そんな説が出ても不思議でないほどその人生は虚構と現実がいつも交錯しているように見える。万引き事件を引き起こし、その実行ビデオまでありながら後に否認し、訴訟。現実も虚構として仕組み直せるとさえ思える強靭な思考(嗜好?)がそこには感じられる。

ロスに移送されるときにかぶった帽子に書かれたPEACE POT MICROPOTは「さよなら」という意味のスラングだったという。
ここにも虚構に対する嗜好、自殺と知ればなおその生涯を彩る演技性を感じてならない。作りごとも事実も、そんなのはただの見かけ、見かけは再構築できる、とした信念。見え隠れするのはそんな意志。確固たる信条。

タレント事務所にも所属してさらにその演技性は明らかでもある。ウソもほんとうも脚本次第。日本の法律には知悉して「弁護士いらず」という著書もある。
誤算は今回の逮捕とロス移送。立ちはだかるアメリカの法律と、構築し直すことの不能な状況。自殺はその現実からの逆襲なのか、自らの現実への復讐なのか、いずれとも取れる、或る意味、一貫した虚構と現実の錯綜。これもまた人生か。

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2008年10月11日

香港より日本の不振はずっと永い!



香港映画界に苦言というニュースではあるが、ウォン・カーウァイ健在というニュースでもある。同じ不振でもどうだろう、筆者の目には日本映画界の方がよほど不振ではないだろうか。

少なくとも香港にはウォン・カーウァイがいる。先頃の「マイ・ブルーベリー・ナイツ」の、芳醇なワインのごとき酩酊を催すような作品はついぞ日本映画に見出せない。
第一、ウォン・カーウァイにくらべてみたくなるような映画作者となると、まるで思い至らない。

日本映画の不振は撮影所システムと密接な関係があるとも言われる。
名人と思しき裏方たちが構成する基本的な流れがもはやない、ということである。或いは徒弟制度のごとき養成システムが崩壊したせい、とも言われる。しかしそれは遠因ではあっても原因とはとても言えない、とも感じるところである。

そんなものが無くても香港映画は勃興した。ヌウヴェル・ヴァーグだって、まさしくそんなものへの反逆から生み出されてきたものである。ゴダールだって、トリュフォーだって、素人くさい作品など1本もないのである。なによりテクニシャンとしての技術に裏打ちされた映画造りだったのである。彼らはその種の学校にすら通わず、映画の歴史に在る名作をつぶさに観ることで技術すら学んだのである。

ウォン・カーウァイなど、もはや他の追随を許さぬ独創的な文体をすでに示し、映画の地平を押し広げている。ウォン・カーウァイの苦言はおそらく仏造って魂入れずの映画造りに向けられているのではないだろうか。骨組みだけはあっても一向に面白くない作品とは、作法はあっても一向に語るべき中身を持たぬ作者の存在に向けられてもいる気がする。

そう言えば増村保造が死して以降、作者の名で日本映画を観に行く習慣が久しく失われていることに気づく。語るべき何かがあれば、おのずと述べるべき作法は、形作られる。
なによりそのことに想いが至る、ウォン・カーウァイの存在である。

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2008年10月10日

まだ見ぬ世界は、勝手に想像の翼をはためかせる舞台!



「世界の深い海底の実態よりも、火星の表面の実態の方がよく知られていると言えるのではないか」――まさにその通りで、宇宙もいまなおさらに謎だが、遠くの宇宙より近くの深海はもっともっと謎だらけ。見るもの聞くもの、驚きに充ちてくる。

写真のクモヒトデの一種など、一見カニの出来損ないのようにも見えるが、その脚の部分は針状のようで、これでからめとられる生物の身になると、ゾッとしない心地ではある。
ではあっても、我々のジョーシキを軽く裏切る生物の存在、それも死滅していたかと思われていたに違いない古代生物もいたとなると、歴史も逆流する!ということになる。

海底3000メートルの死火山付近というのがその遠因、「海底の熱帯雨林」が深海生物にすみかを提供したようなのである。
この熱帯雨林、と聞くといささかザワザワッと胸躍る筆者の性癖がこのニュースに興味を倍加させたと言ってもよくて、なにもそこに棲みたいというわけではないが、動植物の溢れんばかりの、いのちの奔流というべき絵柄が、お好みなのである。

たちまち見たこともない形や色の魚、古代のヒトデ、軟体動物、甲殻類、海綿動物が所狭しとうごめく「海底の熱帯雨林」に、想像の翼をはためかせたわけですね。
南洋の冷たい海底では、生物の生長速度が極めて遅い。例えばそこに生息するサンゴは、2メートル生長するのに300年を要する。
というようなやや退嬰的な報告もありますが、すべて推測の域を出ないということなので、こちらはこちらでその熱帯雨林ならぬ熱帯雨海のありようを勝手に想像しつつコーヒー・ブレイクにはなるわけであります。
生命の神秘はいつも予測できないところでその活力を蓄えているのである。

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2008年10月09日

いずれ絶滅危惧種に人類は入るのであろうか?



動物が好きなので、ついつい見入ってしまいました。
動物のそれぞれには独特の表情があります。滅多にというより初めて見たような動物もいます。まずは動画をご覧になることをお奨めします。

絶滅危ぐ種を示すのが「レッドリスト(Red List)」と名ずけられているのも初めて知りましたが、日本においてはクジラ類の哺乳類や海水魚、海棲の軟体動物は水産庁が担当する為、対象外というのも同様に初めて知りました。

生命の歴史にとって絶滅はある意味避け得ないことなのかもしれませんが、地球上に出現した生物の9割以上が絶滅したと聞き、1975年から2000年の間だけで毎年4万種が絶滅したなどという恐ろしいほどの数を聞くと、その多くの原因を人類が造っているようで、これまた空恐ろしいことです。

こうした状況を受けて、国際自然保護連合(IUCN)が、絶滅の危機にある生物種を「レッドリスト」としてまとめ保護しているわけのようですが、その存在も知らぬ種類の動物が姿を途絶えさせているのはまるでみなしごがいかなる保護対象も得られず死滅しているようで、自然淘汰とは異なる環境問題がそこには見え隠れすることといえるのでしょう。

種の絶滅を防ぐことは、人間を含めた動植物の生存を支える、生物多様性を守ることにほかならないはずで、そこには自然破壊が果たしてきた環境問題も浮上しているわけである。
動物たちのあどけない表情にはその環境の変化さえ知らぬげだから、これも痛々しい。

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2008年10月08日

21世紀で日本人受賞者これで7人、数少ない元気の出る素材を生かしませう!



ろくでもない日本のニュースの中では珍しく日本人を元気づけるニュースには違いない。もっとも過去にも受賞者の多い物理学賞だが、今回でさらにダントツとなる5,6,7人目ということではある。
これまでは化学賞と並ぶ4人であったから一歩抜きんでる最大受賞ジャンルではある。

と、その周辺しか筆の及ばぬのは専門家以外に属する、その中身についてはほとんど無知蒙昧のやからであること、人後に落ちない筆者であるからだが、この機会だから、それでは日本人が受賞していないノーベル賞は?という設問にどれだけの方が応えられるだろう。
ノーベル賞は、物理学賞―化学賞―生理学・医学賞―文学賞―平和賞 ―経済学賞の6部門。筆者などせいぜい関心は文学賞くらいでパス。

答えは意外にあと1部門だけで、経済学賞。(もっともこの賞は賞金源が違い別枠という説もある)
意外な平和賞の佐藤栄作のほか、今回の受賞でノーベル賞受賞日本人は総勢15人となるようである。初受賞が1949年の湯川秀樹、20世紀はその後7人を数えるが、まだ間もない21世紀は今回で7人、化学賞の3人と2002年小柴昌俊の物理学賞、今回の2,3,4人目ということではある。

もともとが自然科学部門の賞と言えるから、芸術文化部門の文学賞などまことに異例な感じもする。さだめし映画賞でもあれば黒澤明など、まず間違いのないところだろうか。
設立当初は人種差別があり、ために北里柴三郎がはずれているという説もある。受賞15人中11人が東大・京大出身者。
今回の南部陽一郎は最高齢受賞者の4人目(87歳)ということのようで、クイズ出場予定者には役立つ情報かもしれない。

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posted by キャッツ・アイ at 03:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文化

2008年10月07日

絵を描く本能に場所を提供したところがまずは明敏!



「Ephemeral Museum(はかない美術館)」と銘打つからには暫定的なものなのか、そのタイトル自体がしゃれか、それこそ美術館そのものがグラフィティというわけか?

その落書きの美術館陳列の基準は在るのか、ランダムなのか、その参加資格が見えないが、許可された落書き通りと思えばいいのだろうか。
その「Ephemeral Museum(はかない美術館)」のWEBサイトmuseuefemeroを拝見すると、もう少しさまざまな絵が覗けるが、なかなかに達者なものもあって、これはこれで捨て難い。レベルは高そうではある。

「Movimento Acorda Lisboa(MAL)」(リスボンよ、目を覚ませ)の発案によるというが、第三セクターみたいなものなのか。
賛否両論ということだが、玉石で舗装された絵のように美しい小道に点在しているというのがミソで、日本のハコものとは異なるところがよろしきところかもしれない。

街の景観を壊すという反対もあるのかも知れぬが、絵を描くことが本能的に好きな人間もいるわけで、その情動を否定してもまずは始まるまい。むしろその場所を提供したご仁に拍手を送ればいいのではなかろうか。

文化に関することは必ず賛否があるものでそれ自体どうということでもないが、この命名と、その立地と、リスボンよ、目を覚ませ!の、こころざしに免じて、ここは賛意を表しておきたいところだろう。

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posted by キャッツ・アイ at 02:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2008年10月05日

心の病気に罹らぬが肝要!ということかも、ですね。



「心臓発作を起して床に倒れている状態」とは穏やかならぬ話だが、いよいよアメリカ専横時代の終焉となれば、いささかは良き面も見出されぬこともない。失業が蔓延し、パニックが引き起こされる可能性もないではないだろうが、原因を造ったのも自らならば、所詮致し方も無きことだろう。

その影響を世界はこうむるには違いないが、変革期は必ず訪れることを知れば、これも致し方も無きことだろう。あれこれの余波も続くだろうけれども、<当情報により生じた、いかなる損失・損害についても当社は責任を負いません>ということだから、少なくとも心理的にこの余波を帯びる必要は露も無きように、ということでもあろうか。

まあ経済は社会の健康のバロメーターと言ってよいものだが、経済が大病のときはその状況に飲み込まれることなく対処するのはこれも実際の大病と変わるものではあるまい。それなりの養生と、大病に負けぬこころざししかあるまい。

あの大恐慌時代あればこそ、災い転じて福となす、或る意味古き良きアメリカの、それは礎でもあっただろうから。と思えば、嘆くだけのお話でもなかろう。再生の道は人と同じ、その時こそその実力を試される、ということでもあろうから。
日本でも解散どころではなくなって、またぞろ自民党には逆に順風の趣かもしれない。その推移も病気の一種ではあるか。

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posted by キャッツ・アイ at 09:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2008年10月03日

人の価値観に揺れるケシの花の運命や如何に?



大麻、とあるだけで、違法、闇社会、逮捕と、たちまち暗い、あまり芳しくないイメージが浮かぶわが国だが、このニュースは多くの新知識を与えてくれる。

最大は「大麻が精神的なものを含め健康に悪影響をもたらす可能性のあることは事実だが、大麻による害は、アルコールやタバコと比較すると非常に低い」という主張。
この研究団体は更にアルコールとタバコが原因で死亡した人の数をあわせると、英国のみで15万人にのぼるが、大麻による死者は世界中でたった2人だと主張する。
健康被害そのものは「逮捕や収監など、大麻が法律で禁じられていることによって起きている」

しかし、英政府は、大麻をCランクの薬物扱いから、より深刻なBランク扱いにする法改正をすすめている。英政府は、特に「スカンク(skunk)」と呼ばれる強力なタイプの大麻の拡大に懸念を示している、からだそうだ。

同じ大麻でもこれだけ認識の違いがあるのは、おそらく流通拡大への懸念が最大だからとも思うが、大麻自体には迷惑な話、ケシの花にとっても生存を危うくされるお話ではある。ケシの花変じて消される花というわけである。

なにごとも過度にたしなめば健康被害をもたらすのは同じ、大麻だけがことさらに過大な取り締まりの扱いを受けているのは歴史的因縁というべきだが、大麻の運命は人間社会でこそ嵐の波間に漂う藻屑扱い、野に咲く一輪と放って置いてはくれない風前の灯ではある。
ともしびとするにはもちろん異論百出だろうが、まあ時にはケシの花の身にもなってくだされ、というところかもしれない。

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posted by キャッツ・アイ at 08:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争・災害

2008年10月02日

死に場所にはしたくない穴倉空間!



TVで見ると、このビデオ店、何度か宿泊したことのある南海スイスホテルの近く100メートルくらい、というからおよその場所は珍しくつかめるニュースだった。場所はつかめてもこのビルの存在は知らないわけで、その窓ひとつない他の建物に挟まれたまるで穴倉のようなそこへは、たとえ遭遇しても近づかないところのようでもあった。

試写室とは名うっていても簡易宿泊所を代行しているようなところらしく、どちらにしてもあまりゾッとはしない空間のようだ。放火した犯人は、「生きていくのが嫌になった」と言っているそうだが、15人が亡くなる惨事の中で、本人は生きて逮捕されたようだから死に場所に選んだわけでもないのか、死にきれなかったのか、おぞましいことではある。

「生きていくのが嫌になった」と放火が、なぜ結びつくかこれもトンと理解が出来ぬが、自暴自棄な人間に判断力を期待する方が無理というものなのかもしれない。多くのカプセルホテルなど、こんな立地とよく似ているのではなかろうかと無益な想像もする。

それにしても死ぬ時にはこんな生き埋め同然の場所では救われない。地下鉄で地震に遭遇して運命を断つ死に方などが一番イヤと日頃想像しているせいか、こんな窓ひとつない見知らぬ空間で永遠の眠りとは、そんな想像に相似するものだとつくづく思う。
閉所恐怖症という奴かもしれぬ。子供時代に悪しき環境にいれば「生きていくのが嫌になった」という気持ちにもなることは想像できても、46歳の男がそういう気持ちになることはあまり想像できない。

生きる楽しみを見つけることができなければ、そういう考えにも向かうということではあろうけれども、困るのはこの種類の感覚の持ち主は決してひとりで死ぬことができず、他人を巻き添えにしてしまうということだろう。
もっとも、自立心がいくばくかでも残っていれば「生きていくのが嫌になった」ということにもならぬから、起こるべくして起こった人間と、その立地に在った建物がたまたまマッチングした、ということであろうか。

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posted by キャッツ・アイ at 02:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争・災害

2008年10月01日

最大権力の最大幸福?政治のセオリーかもや?



またまた公的資金導入、いつも問題になるのは大企業対象のときのみ、反対するのは人情として当然、しかしこれしかない方策?
わが国にだって繰り返し呆れてきた方策。最悪の事態を少なくとも回避する方策?

ブッシュ政権のいよいよ最後となってきたその末期にいよいよの大暴落、政治とはどうしてこうも後追い施策、それもすることといったら資金を右から左、移動することのみ、これってなにも専門家の手を煩わせること? それくらいやったら誰でもできるやん?と、その無策にまたびっくり。

まあむしろそんなことの無きように取り計らうのが政治という認識で、これって上手から水が漏れたというのんとも違う気がするけどなあ。
国民のためというのもいつもの通り、'20年代の世界恐慌の二の舞をしたくはない、フーバー大統領の汚名の繰り返しはしたくはない、実はそれだけの、政府のための施策のようにしか見えないのも、いつも通り。

金融安定化法案否決が正しいかどうかはともかく、一度は否決もしたくなる法案ではあるよなあ。わが国ではその否決も出来ないままに有効になることが多いから、それだけでも感情的には安定するんではなかろうか。国民が実害を受けている薬害問題や年金問題で、公的資金云々のお話は露ほども話題にならないのに、いざ大企業の倒産になると、国民生活に影響と、スグに国民のためとなるのは、どういうわけ?

不思議ななあ。これって文字通り片手落ち、という奴やなかろうか。
云うだけ無駄と、とっくにそれも諦めて、唯々諾々、ということにもなるんだろうけどなあ。何回こんな事態を一生の内に見過ごしてゆくんやろうか。不思議ななあ。

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posted by キャッツ・アイ at 11:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

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