2009年02月28日

誰もが藤原紀香にはなれんからなあ。



別にユニクロのご商売の邪魔を張ろうというわけではないけれども、藤原紀香を見てこのジーンズを評価すると身を誤ると思うね。
大沢たかおとの腰の高さだけを比較して見てもわかるとおり、藤原紀香の足の長さは遥か標準を超えているからね。

どうぞ藤原紀香クラスのタッパの方はご着用のほどを、というところやね。となると限られるだろうから、イメージガールとしてはともかく、商品の宣伝媒体としての藤原紀香は、いかがなものかということになる。筆者もこんな風に藤原紀香と並び立ちたくはないからね。

カラフル全37色は結構だし、伸縮性ある細見に見えるストレッチもいいけれど、モデルがカッコ良過ぎてはハンディキャップ、いくらかカッコいいくらいに留めないと、絵空事になっちゃうからね。

ジーンズのカラーお化けで、それだけが目立つ羽目にもなりかねないから、いささかコーディネイトにも、自らのタッパにも自覚が必要というわけではある。誰でもが藤原紀香になれるわけではないし、同じ服を着れば藤原紀香というわけでもない。
男はあまりカラフル過ぎても落ち着かんから着用は控えるだろうが、女性はお試しは多いかもしれん。およそたいがいは、せいぜい桑原紀香ぐらいではあるだろうなあ。

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2009年02月26日

風邪薬のせいでも酒の飲み過ぎでもあらへん、起こるべくしてや!



いやあ、だいぶ時間もたったけど、つくづくひどいもんだねえ。
これも自分がエライさんだと思っているから、平気でやれることで、いくばくかの真心が残っていればできるこっちゃない。
記者会見だけでもあきれるのに、これに続いたバチカン騒動、もはや政治なんかやらん方がエエ、と自分で宣告しているもんやなあ。

大臣なんかになると雲の上にでも立っとる気分なんかねえ。雲の上だと足元も安定せずふらつくから、あんな仕儀になるということかね。
ぼろぼろボロボロ尾ひれがつくように不始末テンコ盛りは、よく経営者がいまだけ今だけと不祥事を糊塗して、適当な言い訳で吹きすぎる悪評を軽く見ているのとおんなじ。

先生センセイというのは、単に敬したふりで遠ざけていることばで、ゼーンゼン崇敬の念とは違う、ということがわからんのが、この種族。放っておくと雲の上まで登って行きよる。
このG7関連で4000万の費用がかかり、そのうち中川関連で3000万が消費されたというが、弱り目に祟り目の数字としても、雲行き超特急やったんやね。猿もおだてりゃの口と変わらんのや。

無駄づかいはするわ、エラぶるわ、ちやほやしてるとこうなるのは民間でもよう見かけるけど、世界に喧伝される例は少ないからなあ。末代の恥かも知らん。
所詮、器の小さいのに権力を握らせると決まってこうなる、そのあたりまえの例かもしれん。酒のせいというより、もっと本質的な問題と思うよ。日本国民も辛いわ。

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2009年02月25日

世界に冠たる授賞式、この艶美を競う女優たち在ってこそ!



日本にとってはノミネート方式以後、半世紀も受賞がなかった外国語映画賞「おくりびと」の受賞が華やかに慶賀すべきことだが、女優たちがドレスアップして妍を競うという意味では広末涼子、余貴美子の参加はあったが、質量ともまだまだ控えめ、プレゼンターとして堂々のソフィア・ローレンなどおんとし75歳でこの艶麗の肉体美、恐れ入ります、という具合。

一流デザイナーも肝いりでの艶美は、やはり受賞そのものにも比肩しうる授賞式の華には違いない。日本でおよそ無名の女優ですら眼を魅きつける魅惑の姿態ではある。しかもなお功成り名遂げた女優においては、参加する限りはもはや一歩も引けぬ阿修羅修羅修羅の勝負服、勝負ヘアではあるだろうから、これまた目を離せないというわけである。

まあ泰然とお祭りを楽しむ気分もパーティ慣れした欧米人の自家薬籠中、キラキラのスパンコールやビーズ刺繍がたとえ無くともその悠然たる微笑や肉体の誉れがおのずと満ち溢れてこぼれんばかり、よくぞ女に生れけりという絢爛のひとときではある。

カラーはホワイトが人気というが、ホワイトとブラックはそもそも原点、さらに孔雀となるべきその基本色、デザインで目立ったのはマーメイドラインというのも魅惑の姿態を広げたりつぼめたりする露出の一環、欧米人の肉体の確然たる存在感の違いを見せつけられて、これも恐れ入る見事さなのではある。

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2009年02月22日

性と暴力は車の両輪、片方だけ一人歩きは無いよ!



性も暴力も、ある種言論の自由、というところまでは納得しないこともない。けれど性はダメだが暴力は許されるとなると、待てよ、ということになる。ヴァイオレンスで売ったシュワルツネイガーらしいといえば言えるが、それは片手落ちというものだろう。

判事の見解は、州政府は未成年者に対し性的表現を含む制作物を規制する権限があるが、暴力表現については適用されないとするもので、「州政府は、未成年の思考を管理するために言論の自由を規制することはできない」―――とは、胸の腑に落ちないね。
これでは暴力=言論の自由、ということになる。

署名したシュワルツネイガーの見識を疑うしかないね。
あくまで未成年者に対する規制だからちと違うんじゃないの。性的表現を含む制作物はダメというのが逆におかしくなるよ。
性と暴力というのは人間の根源的なものであるだけに切り離して考えては、それこそダメよ。これでは性的表現の規制こそ、言論の自由を犯している、ということになる。

成人と未成年者を同列に扱うのなら、ハナから問題は無きも同然、腰の定まらぬ判断というしかないね。暴力に甘いアメリカの体質がほの見えるね。
甘いといっても自らのそれに甘い、ということだけれどね。
これもお山の大将どこへ行く、というところやな。

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posted by キャッツ・アイ at 07:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2009年02月21日

まあ受賞は時の運というしか言えんよ、アカデミー賞は。



はたして同性愛テーマだから重い扉なのかどうか、まずその方が疑問やないの。「ブロークバック・マウンテン」が作品賞を逃したのは同性愛テーマのせいというのは短絡過ぎるのじゃないの。
ゲイの作品であるなしより、作品として感銘をもたらしえなかっただけやと思うけどね。

ミルク」がいかなる作品かまだ未見やけど、社会活動家の話やから「ブロークバック・マウンテン」よりアピールする部分は多いと思うね。それにアカデミー賞は作品の優劣を決める以前にお祭りの側面の方が高いから重い扉云々、というような視座では作品がうっとおしくなるだけやしね。

ブロークバック・マウンテン」の無念から3年、という記事の書き方自体が疑問だし、惨敗というなら同性愛テーマよりむしろ作品の訴求力においてこそ敗れたと思う方が正解と感じるけれどなあ。こういうのを被害妄想言うのやないのかね。

同性愛に市民権を、というキャンペーンかもしれんけど、トランスジェンダーたちの身びいきが偏向していっての受賞など逆に歓迎されないと思うしね。まずは作品、「ミルク」次第という視座が大事、重かろうと軽かろうと時代が自然に扉を開くということだけだと思うし、誇大にジャンル妄想をしないがベターと思うがね。その道の人間でない方が自然と思われているわけだから、逆効果になるよ。

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2009年02月18日

自業自得とはいえ、馬鹿丸出しというしかないねえ。



人生を遊びのように生きるのはまだしも、愛人をおもちゃにしてはいけない。まあ、これだけ複数の愛人を持てばおもちゃ同然、このくらいのことは自覚しなくちゃ愛人の方も甘い甘い、というところかもしれないかもね。

しかし愛人をこれから募集するコンテストならいざ知らず、整理するコンテストとはね。事業もジリ貧なのがようわかる発想やね。
それに他人の審査員まで設けるちゅうのはどういうこっちゃ。愛人など自分だけの基準で十分やないの、結婚ならまだしもやけど。

死んだ愛人のほか残った愛人も去り、この事実を知った妻も去り、愚の骨頂を自作自演やないの。世界の不況を一手に引き受ける気いかいな、という感じ。
まあこの実業家は匿名だから、どのクラスの金満家かも知らんけれど、この事態をどう越えていくのか、そっちの方が興味かもね。

人間、本当の価値は失敗にめげず、四面楚歌の中、いかに自らの生を蘇生させるか、ということだからね。
いやあ世はさまざま、人もさまざま、出来事もさまざま、これだからおもろいちゅうことやけど、アホもさまざまやないの。

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2009年02月17日

結局、難局打開は無理やから、南極にでも移送が一番かもね。



いよいよ断末魔やねえ。こう日頃、政治が話題になるようではねえ。支持率10%を割ったというのに、一向に緊張感ないねえ。風邪薬の飲み過ぎとはだれも信じないだろう。いやはや、恥ずかしいというより、恥も知らぬ所業やねえ。

これでなおかつ解散もしないのだから、国民もバカにされとるものよねえ。選挙管理内閣なんてことで、自他ともにスタートしたはずなのに、もはや選挙がいよいよ怖くなって右往左往内閣とあいなったなあ。時間ばかりが経過してなーんも決まらんていたらく、お粗末きわまれりやないの。

どうせもう立ち直るどころの騒ぎやないし、どうせ開き直るだけの堂々めぐりやねんから、いっそバカヤロー解散でもしたらどうやの。まだ1年もたたない今のうち、寸劇くらいで記憶に残される程度のことや。なーんも期待されることはないねんし。

しかし人前に出せない政治家とは、なんのためのもんやろねえ。100年に一度の大不況も、お構いなしのボウフラ政治。役人も政治家も隔離して互いのための地方自治でも一からやり直した方がいいかもね。それこそ無人島にでも移送して、なーんのために存在しとるんかおべんきょーし直した方がいいカモや。まあ我田引水が、得意中の得意ではあるんやろけどなあ。

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posted by キャッツ・アイ at 01:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2009年02月16日

歳老いての子も嬉しいだろうが、歳若くして孫というのはどう?



ウ〜ン、本能だろうかね。
いずれが誘惑ということもなく、在るがまま、するがまま、されるがまま、気持ちイイじゃん、ということかもしれない。
なに、不謹慎?

筆者にしたところで勃起を自覚したのは、マリリン・モンローの映画を観た幼少時、故に最初の女はマリリン・モンローと、誇りにさえ思うておる。誰に教えられ、導かれるわけでもなく、男は勃起し、女は感じとるはずなのではある。

互いの両親が裕福かどうかまでは言及がないが、いずれも若くして祖父祖母とはなったのである。育てる以外に道はなかろう。
本能以上に正当はない。理屈ではないのではある。

その意味でも、未成年者の性行為として立件しなかったのは良かった。
取り締まるための法律より、守るための法律でこそ、生きた法律、せいぜい監督不行届き、かもしれぬが、つきっきりというわけにもいかないだろう。

親にとってはまさかのマサカが起こってしまった、ということだろうが、起こりうることではあったなあ。いきなり盲点を突かれた如く、と他人はそう思うが、当事者はどうだろう、最初驚きあわて、生まれてしまった今はもう覚悟以外はなかろう。母子ともに健康、であれば、この先はさらに永き道のり、その後のニュースこそほしい気がするね。

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2009年02月14日

近隣諸国に範となるべきお国も存在せぬとなあ。



こと政治に関しては、他国を嗤える身分ではないことになる肩身も狭いわが国に居ると、余計近隣諸国に範となる頼もしい政治の国があってほしいと願うが、アジアに住んだが宿痾か、けったい奇矯なことを次々と眼にすることとなる。

だいたいおよそ悪政が基本的に共通するのは、我田引水、わが畑に水を引くことが何をおいても真っ先であること、わが国を例にとるとなによりも自民党の利益優先ということになるわけだ。
先ごろ訪問したイギリスの大学であったか靴を投げつけられたのが中国の首相、すっかり独裁者として認知されていたからだったが、ことの是非はともかく、政治が金集めと取締りしか目立たなくなってくると、およそ国民の反乱か憔悴と、相場は決まってくる。

何を低俗とするかは百論あってしかるべきだが、これもポルノ写真という範疇にしたところで何をポルノと判定するかはこれも百論あってしかるべき、せいぜい当局は劣情を刺激、とか言うわけだろうが、おのれの劣情が刺激されたからこそそれが解るわけで、せいぜい身にエネルギーが満ちたかなとしか思わずその原因が美にあったとて、すべて劣情の視野でみれば見えてしまうものではある。
つまりは、すれ違う美人に一瞬懸想したところで、当局には劣情を刺激、ということにはなるのであって、いっさいは劣情お眼鏡しだい。

ともあれ公序良俗というのは厄介、そもそも人間そのものが公序良俗には極めてふさわしくない生き物なのであるから、まさにアンチテーゼとして、人民服を着たミケランジェロ(Michelangelo)のダビデ像や、同じくミケランジェロ作システィーナ礼拝堂(Sistine Chapel)の天井画のアダムに黒いソックスを履かせ、局部を黒いネクタイで隠すといった画像が多数掲載されもしたのだろう。

今さら芸術かポルノかでもあるまいが、片方が拒否するならもう片方も拒否する、とどのつまりは犬猫に衣服を着せるように絵画にも衣服をかぶせて、品よく劣情を!とやって見せたようなものである。
いずれ当局高官に擬したモデルの劣情を刺激する戯画が巷に氾濫することではあろうなあ。

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2009年02月12日

驚きもののきの、たぐい唯一の現役映画作家!



この60歳を過ぎてからその映画作りを本格化させた映画監督、それも見事に執念も追求も、あるいは官能も夢想も、ある種きらびやかな作品を観てしまうと、実に稀有な存在であることが解る。

ほとんどの巨匠・名匠といわれるほどの映画監督は、およそ60歳も超えていくと、その体力的衰えに反映するように作品に往年の力がこもらなくなってくることを考えると、マノエル・デ・オリヴェイラの、逆に60歳を過ぎてからその制作ペースもその内容にも観るべきものを含んでいったということは、まさしく奇跡に近いことではある。

それも長寿だけで驚かれているわけではない。なお新作を準備中というのだから、もって瞑すべし、とはこのことかもしれない。
筆者がマノエル・デ・オリヴェイラに感服したのはむしろ遅きに失するくらいの2003年の作品「永遠の語らい」においてであったが、そのメモにこう書き残している。

――内容は端正なまま終局を迎えるかに見えて最後に大きな波乱、と言うのも、歴史学者でもある母とその娘の、地中海周辺にある古代文明の遍歴のように静かでおとなしやかな教養人の旅のようにしか見えない展開が、最後、一気に現代ののっぴきならない時制に放り込まれてしまう作劇は、まこと見事な舞台劇を見るかの印象。
しかも映画がカタストロフィにも大きく身を預ける媒体であることを百も承知のように、それを見せる。

ジョン・マルコヴィッチ(50歳)、歌手イレーネ・パパス(75歳)、実業家カトリーヌ・ドヌーヴ(60歳)、元モデルステファニア・サンドレッリ(59歳)〜いずれも作品製作時の年齢〜の面々。

ポルトガル・仏・伊の合作だが、巧みを隠した脚本もまたオリヴェイラの手になるもので、この破調は見事のひとこと。破調もまた端正であるのはオリヴェイラの作風であろうか。
その乱調に似た大団円に乾杯と、オリヴェイラの他の作品にも食指の動く一作ではある――

と記したわけだが、オリヴェイラから見れば50・60は小僧ッ子、故にこそ30・40はさらに赤児の様子、することも児戯に類するものなのかもしれない。と思えば、その存在への道のりへの希望が逆に湧きもしようという存在ではある。なにしろ特別功労賞受賞のその席に参上できる100歳など、そうはお目にかかれまい。

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2009年02月10日

善意の陰に、性悪説あり!



捨てる神あれば拾う神あり、悪いことも善きことも実は表裏一体、どちらに転がるかはこれまた神のみぞ知る、というわけだ。
一応の明かされている目的は、処分したい財産の広告を掲載することができるウェブサイトを宣伝することというが、そのサイト自体は有料か無料か、これも知りたい気もするね。

もし有料なら中古品買い取り業者みたいなものを想像してしまうし、無料なら広くサイトを公開して、文字通り処分したい財産の広告を掲載する利便をオープンにするということで、これも双方印象は180度違う。
まこと善意だけと信じるのがベターではあるのだけれど、世知辛い世間に慣れていると、ついついものごとの両面を考えてしまう。

事実この救済家ビルも、「本名を明らかにすることはできない。危険すぎるからね。みんなが彼が金持ちだということを知れば、そう、やっかいなことも起こるからね」と語り、ものごとの両面をしっかり想像してはるわけである。

まあ孟子の性善説より荀子の性悪説にのっとるところで行っているわけだけれども、わが説は性悪説に依拠すれども、これに金が絡めば、セイアクよりさらにきわまるショウワルということになるので、この防御も怠りない救済家ビルには賛成だね。
それにお金をつくる過程で、金持ちはそれなりの性悪説試練も受けているわけで、金持ちほどケチというのはその症例ではあろう。それを踏まえて現金をばらまくこの人物はさらに大金持ちか、税金に持っていかれるくらいならこの寄付行為で節税をするということか、もともと慈善家であったのか、ということだろうかね。

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2009年02月07日

注意力も創造性も無くてはならぬ人生の知恵!



赤い色は暗記などの際に細部への注意力を高め、青い色は創造性を高める――そのとおりかもね。
青信号と赤信号の色分けひとつでも、これは納得できるね。

もう少し微妙には、青は男、赤は女というような、棲み分けも小さいころからそれとなくされていくのも、このことわりと無関係ではないかもしれない。この棲み分けは別にもう一方の色を嫌いにするというわけではないから、それぞれ注意力、創造性に寄与しつつ、その特性をはぐくむのに貢献していることだろう。

注意力はより女性を現実的な地平にいつも連れ戻し、創造性は男性を夢想のかなたに飛翔(費消?もあるけどね)させる、そのベーシックな要素のひとつに、この赤と青があると、気づかさせられると、あらためてむしろこれを恣意的に応用したい気もするね。
ま、これも自然にそうしている部分もあるわけだけれども、これを意識的に取り込んでみる部分を増やしてもいいかもしれない。

創造的な製品の販売担当者は青を用い、新商品開発会議は青色の部屋で行えばよい、広告で赤を使えば、消費者は製品の細部により注目してくれる、という部分はことに具体的にその利用法を示唆してくれているわけで、あれこれアレンジしながら応用の道は広いだろう。
あまり豊富に色があると落ち着かないから、たとえばイメージングするのは、いろんな意味でキッチンは赤、書斎は青を、その基調にするといいかな、などと夢想するわけです。
注意力も創造性も、根っこは想像力でありますからね。

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2009年02月06日

わが国の場合は、政治家のための政治などを規制する国民委員会創設が必要!



こうしたニュースを聞くと、オバマ大統領に期待する国民の気持ちも海を隔てて、少々でも理解できる気がするなあ。当然過ぎることが当然のように自ら行われなければ、それなりの規制をする、それもすばやくする――もっともだなあ。

翻ってわが方の無駄遣いはいつになったら是正されるんやろなあ。
一番不思議なのはこの状況でみな口を揃えて増税は致し方ないというような論調であることだ。時期は今は早いぐらいのことを言うものはいても、これだけの無駄遣いが明らかである以上、これが払底しない限り国民に申し訳なくて増税などとんでもはっぷんと、一人も言う政治家がいないのもおかしなことで、それが当然と思うが、一向にそうはしようともしないのも不可思議やなあ。

まちがいや永くからある淀みをいささかも是正せずに、重箱の隅だけ修繕したようなことでいつも糊塗する、抜本的ななにも行われないこんな政治がいつまで続くんやろなあ。政治家のための政治などを規制する国民委員会でも作って、その逸脱を見張り、規制しなくてはいかん按配や。

「人びとが不満に思っていることは、経営に失敗しているにもかかわらず経営幹部が高額の報酬を得ていることだ。これはまったく当たり前の考え方であり、そうした報酬が国民の税金から支援を受けている場合はなおさらだ」―――これをわが国に援用すれば、「人びとが不満に思っていることは、税金を無駄遣いしているにもかかわらず役人が渡りなどで高額の報酬を得たり、無駄の積み重ねで予算を蕩尽している官庁はみずから是正する必要がある。これはまったく当たり前の考え方であり、そうした報酬や無駄が国民の税金から支援を受けている場合はなおさらだ」

まったく当然のことが当然のように行われない政治のありようを見ていると、これを少しも不快どころか人の噂も75日くらいの感覚でしか受け止めていないような政治家しかいないように見えるのも、究極の不幸と不況の原因のようやなあ。

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2009年02月04日

不況の暗闇に出没する怪盗にご用心!



世の中不況になればなるほど、悪党がうごめくのはこれも世の常。
驚くにはあたらないが、もともと金銭感覚がマヒした連中が端緒となったこの不況、経済の中枢のひとつでもあるナスダック会長がしでかしたというこの詐欺、あきれるよりやっぱりねえ、と思うのも今さらかもね。

投資ファンドそのものに筆者などは疑いを持っていて、プロのアナリストとか言われる連中が寄ってたかって構成するファンド、次々と売り出されるものの元金維持の確立は事実非常に薄いので、儲かるファンドは氷山の一角、いちばん解せないのはその損害を発生させたアナリストがいかなる責任ももたないことだろう。

むしろ手数料を稼ぐために参加しているようにしか見えず、手数料の渡り蟹化していると言ってもいい。こんな濡れ手に粟商売を続けられる世界に長くいて金銭感覚がマヒしないほうがむしろ不思議で、バーナード・マドフ(Bernard Madoff)容疑者など、まさしくこのマヒした業界の統領と言っていいところにいたような人物。やっぱりねえ、なのである。

そんな仕組みを知ってからはとても他人の組んだファンドに参加することなど夢にも考えないが、不況になればなるほどこの手のウマい話を醸成させることだけには、こうした連中の手練手管は冴える一方だから、ますますご用心ということだが、懲りずに乗っかる人も多いからねえ。溺れるもの藁をもつかむ、というけれど、藁とは思わずつかむのだろうけれど、もともと投資ファンドなんて藁細工みたいなもんだからねえ、掴んじゃいけんよ!

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2009年02月03日

鞭打ちの便法、時には活用できるかもね。



禁煙など、さほどのヘヴィー・スモーカーでもなかったせいもあるが、この男などかなりの中毒、てやんでえとでも思う気もあったのだろうが、反抗すれば余計罪も重くなる。中毒というのは一種の病気、病気という自覚もないのだから隔離療法しかないかもね。

しかしそれはご本人の問題、とりあえず痛い目にあわせて、再発を防ぐというのも便法、意志の弱さに鞭、というわけである。
まあ犯罪というよりは狼藉というべきだが、この鞭打ち、文明国になるほどやらなくなっている趣もあるけど、時々言葉としては出てくる「市中引き廻しの刑」とともに、大いに利用してもよろしいのではないだろうか。

ことに悪質な役人や政治家は「市中引き廻し」、言語道断な犯罪者にはこれはとりあえずの刑として、被害者がその手で「鞭打ち」する、というのはどうだろう。
どちらかといえばされっぱなしの国民、泣いても泣ききれない被害者には、それをしたところで憤懣やるかたない想い、いつ決着という長たらしい裁判の前に、この便法、とりあえず導入してもよろしいのではなかろうか。

いろいろ条件は必要かもしれぬが、泣き寝入りみたいな終わらせ方が続く国民にとってはいささか快哉だろうし、殺人に死刑で報いても、犯罪者には自業自得ではあっても、被害者の想いは決して晴れぬだろうから、遺族の想い鞭にもこもろうか、と思う。
一見野蛮なように見えて、懲りない連中の絶えない人間界には、案外必要なことでなかろうか。

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2009年02月02日

右を見ても左を見ても無駄遣いの命脈は断ち切れん様子や!



天下りだの、渡りだの、とかく無駄遣いの山脈に分け入ると、まこととめどのないのがわが行政の惨状、目を向けているだけで気も滅入るけれども、公的資金を受けている大手金融企業の重役陣が多額のボーナスとはいずこも変わらぬ各所高官の濡れ手に粟商売。

聞けば風の便りでは全米の年間所得の半分はほんの十数名が収得しているらしく、貧富の差はもはや天文学的とか。同じ時間働いて能力差は当然あるだろうが、いっときに貰うべき収入などホドというものもあろうに、アメリカ資本主義はもはや恥も外聞も無きこととなっている模様。

世界的不況、株価急落と数千人規模の人員削減というような時だからこそこんなニュースもピックアップもされるが、これが好況ならすっかりカムフラージュされて、日常茶飯事の貰いどく、ではあるんだろうなあ。親玉をいつも真似るわが資本主義も50歩100歩、無駄遣いのオンパレードはお役所にこそ顕著だけれども、これでもやっぱり増税計画を施政に盛り込む政府では、オバマさんに粛清してもらいたいくらいのもの。

いっそアメリカの星ひとつになったほうが希望が持てるかもや。
となると、首相は州知事、いかなることとなるかやけれど、右翼には叱られるかもやなあ。いずれにしてもそのくらい変化がないと、もうにっちもさっちもいきそうもないのが政治や行政の惨状、自覚もほとんどないから、堕ちて堕ちて堕ち切るしかないんやろ。
希望という名のあなたを訪ねて、今日もまた旅に出る、という心地やなあ。

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