事件の舞台がイスラエルということで余計人間の原罪に関して想いを馳せるなんとも陰惨な経過。幼児虐待は大小問わず日本でも頻繁に聞くけれど、これは近親相姦まで混在し、その陰惨さはニュースに倍加するものではないだろうか。
祖父といっても45歳、母親は23歳、惨殺されたのは母親の実子、祖父の息子の子でもあるという中で、その実の父親がどういう感情でこの経過を見ているのかが定かではないけれど、娘ローズちゃんこそが死人に口なし、もっとも経過を知るということではあるだろう。
幼児虐待でよく想起するのは、テレビなどで「親の悪口を言うような奴はロクな人間ではない」ということばである。
たとえばこのローズちゃんが長じて成人し、このことばを聞いたらどう思うだろう。おそらく反論や、親の悪口を言う前に、心の闇を抱えて生きたその心情はむしろその言葉を実に虚しいものとして受け止めるだろう。受け止めようもない能天気な言葉ではなかろうか。
言った本人は余程恵まれて育ったか、それ以外の視野は想像のほかだろうからこそそんなことも言えるのだろうが、みなしごや捨て子に近い境涯で生を紡いだ人間にこの言葉はむしろ持って行き場もない悲しみをもたらすだけではなかろうか。
夏休みが始まると給食が無くなるから食事をどうするのか心配になるという小学校の先生がいるというし、その先生が教職を去る原因の最大は父兄の対応に疲れるからだという。
親は親の権利を行使することができても、子は子の権利を行使することなどできはしない。事件を含めこれら一切合財は、親は親であるから親であるのではなしに、親となるべき学びの努力をしなければ親にすらなれない、ということを示しているような気がする。
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