政治の恩恵より、政治の犠牲という方が、いつも多大に感じるのはどうしてだろう。政治が権力闘争である限り、政治は権力の誇示により熱心で、政治そのものの施行による恩恵が稔る前に、いつも政治はその恥部を明らかにしていく。恩恵を感じるのはおそらくその周辺の利権団体のみということが多いんではなかろうか。
人間にとってもはや政治は癌細胞なのかワクチンなのか、正直判別のつかない仕儀に至っている、と思われはしまいか。
組織や集団があちこちでその綻びをあらわにする中で、伊藤和也氏のような個人の営為の方が輝いて見えるのは、このことをなによりも明かしてはいまいか。
先頃のオリンピックにしたところで国威発揚の場ではあるにしても、その国を離れて個人の方がそれぞれ国家を超えて輝いていたことを思えば、これももはや時代の転換点、国より個人、集団より個人に、シフトは変容されてきているのではないだろうか。
政府が行う給油活動は政治の成せるワザだろうけれども、民間活動である伊藤和也氏の営為の方が現地の人との心を結んでいることの方を、政治の視野に入れていかなければ政治は政治として政治たり得なくなっているメルクマールとした方が正解に思える事態なのではあろう。
もはや機能的でない政治の仕組み、視野狭窄が日々露呈する政治という営為、これからはさらに個人がそれを次々と明確にしていくに違いない。時代の速度は虚妄と化した政治では既に追いつかないスピードで進行しているというしかない。
少なくとも良き政治という幻想を持ち続ける限りは……。
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