国際映画祭の受賞作品の評価が、どれだけ客観的なものであるか、そもそも客観的な評価というものなど存在するのか、映画祭の受賞が発表されるたびに思うようになった。
それは自国の映画が受賞というニュースを観て、その作品を遅ればせに見て観て、失望する機会が重なったせいだったと思う。
そのせいで映画祭そのものを否定的にとらえているわけではないし、評価通り、いやそれ以上の外国作品もあって、ハリウッド偏重に過ぎる輸入事情から言えば、得難い催しなのではある。
もともと映画祭という名称通り、映画祭はまずお祭りであり、それも国際的な映画見本市、言ってみれば興行をする事前の映画の国際的ファッションショーと考えた方がいいので、当たるも八卦当たらぬも八卦であるから、その評価だけに左右されることなく、映画興行者は鵜の目鷹の目には違いないのである。
その一面をさしおいて受賞結果だけが実は一人歩きする事情が、逆に国際映画祭へのフォーカスを歪めてしまっているのではないか、ということである。お祭りのイベントを盛り上げるための選考であり表彰であるわけで、ともすればメインの目的が外部には陰に隠れてしまう状況もきたしている、ということではないかと思われる。
残念ながらというべきか、幸いにというべきか、受賞を逃した日本映画だが、逆に虚心にその作品も観れるかなあ、と関係者には申し訳ないが、そんな感想も持つ近頃映画祭事情。
それに受賞しなくても自国映画は観る機会はあるだろうが、受賞しなくてはその外国映画を観る機会は限りなく失われるのである。
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