国立サーカス芸術学院⇒ この名称だけでもはやわが国にはその発想を期待する方が無理ということかもしれない。役人感覚のハコもの行政の無駄遣いはいまさら言うまでもないが、サーカスに限らず、わが国の文化事業への取り組みはお寒い限り、オリジナリティや独自視点など期待せぬから、予算の無駄遣いだけは自粛して後追いでもいいから文化事業支援だけでも視野に入れて欲しいものである。
しかし、こういう特殊芸術学院は年少からの訓練こそ肝要だろうからそれこそ民間に任せておくより国家的取り組みで相当な成果が期待できるのかもしれない。おとなになってみると羨ましいほどの体の柔らかさはもう後の祭り、道険しきプロの道への懸隔の深さを思うのみである。
だからといって子の指向性も顧みず、親が無理やり子を放り込んでみたところでそんな功利性を子はなにより嫌うから、おそらく断絶は取り返しのつかぬものになるだろうから、自らその嗜好を高めていく真の愛育がそこにどれだけあるかということでもあるだろうが。
暴力こそ振るわなくても、親の観念が子をスポイルすることはよくあることで、好き勝手放任と、がんじがらめ観念呪縛が、マイナス教育(反面教師)の、およその教育実態ではなかろうか。マナーどころの騒ぎでないおとなが横行する社会に放たれるよりは、こんな国家的取り組みの事業に参加して学ぶことの方が、どれだけよろしいことかとは思うのである。かつて全寮制華やかなりし、その意義は、そんなところにも在った筈なのである。
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