何故、吸血鬼は魅力があるのか――かくいう筆者も吸血鬼映画深夜5本立てに駆けつけたくらい、嫌いではないのである。
なにより魅力の第一はエロティシズムである。エロティシズムと言えば美女がつきもの、これを嫌いでこの世に生を請けた甲斐も無い、と言うくらいのもの。
何故、吸血鬼にエロティシズムは、切っても切れないのか。
隠微だからである。禁忌の匂いがするからである。恐怖の内にひそむサドマゾ願望を、ともに満足させてもらえちゃうからである。
但し、吸血鬼映画にもあれこれ愚作はあるからご注意は必要だし、この「トワイライト」がいかなるデキかは未知数、もううず高く吸血鬼映画も積み重ねられてきたその遺産から探し出す方がよほど手っ取り早い。
その中でも吸血鬼自身が撮った名作がいくつか在るのをご存知だろうか。
吸血鬼監督とは誰か。今回はその中から3人ほどピックアップしておこう。自身が吸血鬼だから、入魂というわけである。
やはり同じ吸血鬼でも名だたる美女を数こなした金メダル吸血鬼がロジェ・ヴァディム。ブリジット・バルドーを手始めにカトリーヌ・ドヌーヴ、ジェーン・フォンダを喰っちまい、このドラキュラヒロイン/アネット・ストロイベルグも当然の如く喰っちまったその映画は「血とバラ」('61)カラーが見ものだから色褪せていないことを祈るのみのもう半世紀も前になるか。
銀メダルと言っても甲乙つけがたき吸血鬼名匠は、ナチスにも追われたが、その吸血鬼ヒロインにして妻であるシャロン・テートが、殺人鬼に現実に殺されてしまうという悲劇にも見舞われたロマン・ポランスキー「吸血鬼」('67)。その事件によりこの作品も永く後光がさした、というほどのもの。
ポランスキーのさらに許せぬのは、わがナスターシャ・キンスキーがまだ十代のころ性の手ほどきをしながら演出したいわく因縁、しかも作品がどう見ても筆者が思うにポランスキー最高作と認めざるを得ない「テス」('79)というのまである。
そして最後が、もうその容貌からして如何にもそれなりに吸血鬼と思しきアンディ・ウォホール「処女の生血」('74)。処女の生き血でなければ胸を悪くし腹を痛め吐いてしまうという、恐れ入ったるドラキュラがコレ。処女なぞ思い込みばかりでさほど旨くないというのがおとなの嗜好だが、幼児退行的ドラキュラもまた一変種、観て損はないドラキュラではある。
変種というので思い出したが、コウモリでなく鳩が舞い、鏡に姿も映り、不死ではなく歳をとるドラキュラというところの名品「ハンガー」('84)はテクニシャン=トニー・スコットの隠れたる推奨作。
宇宙人のようなデヴィッド・ボウイと、絢爛を極めたドヌーヴ、いよいよその狂気じみたマナコが生きたスーザン・サランドンがそれぞれはまり役。
論より証拠、以上、かくまでドラキュラにまつわるエロティシズムは、垂涎の賜物なのではある。
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