水の都というより水だらけの都となってしまったわけである。この惨状ではゴンドラも運河も、風光明媚を象徴するわけにもいくまい。これも異常気象の成せるワザだろうか。
しかしもともと迷路のような路地と通りに彩られ、その先には何が現れるか予期も出来ぬところから、魔都とも呼ばれてもいるのだ。こんな災害もその魅力の隠された逆転だったかもしれない。
地元では無論そんな悠長なことも言っていられないだろうが、その魅力は世界に知られるところのものであり、自国のみならず外国映画作品にその舞台として選ばれることも多く、ヴェネチア映画祭は映画祭の中でも老舗中の老舗ではある。
移動も車は使えず、故にこそゴンドラは観光という前に重要な交通手段、こんな状況だとゴンドラ自体も水没して、それぞれ離れ小島となったように家屋に蟄居ということになるのではなかろうか。
もともと現在のイタリアそのものがいくつもの国を統合してできた建国100年にも満たない国だから、それぞれの土地にはさらに深い歴史的風雅が在る。
といささかイタリアびいきの筆者も力が入るが、わが師スタンダールも墓碑銘にフランス人でありながらミラノびとと記し、生きた書いた愛したと刻んだそのイタリア、好みの美人を次々と輩出するイタリアだから致し方も無い。
艶冶な世界に突出するも、戦争にはあまり強くないというのもわが好みではある。水の都にして魔都ヴェネチアよ、永遠に!というところではある。
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