韓国映画もややボルテージを下げてきたのは、映画振興国としての輝きがすこうし脱色してきて、いささかルーチン・ワーク的に同工異曲も見えてきたかという時期に移行の趣なのかもしれない。
もともとブームに乗るほどは身も入れなかったけれども、キム・ギドクだけはその最大の収穫、全作品も見通した。キム・ギドクはその名前も覚えやすいが、韓国で困るのはその名前の覚えにくさ。似たように聞こえてしまうそのカタカナは判じもののよう。
同じ判じものでもこの脚線美なら、いずれがあやめカキツバタのたぐい、顔はあれこれ好みがうるさくなるが、脚線となると、女優になるほどの身なら、ふだん見えないところが一瞬でもあらわにされれば、男たるもの、ワクワクどきどき、見境もない。
それを知ってか知らずかでなしに、存分に知って、それをこれ見よがしというのが、これまた女の料簡。見せてナンボの女商売でもあるから、自然覆い隠しつつも見せる瞬間をむしろ当人もお楽しみかもしれない。
ちらりほらりにワクどきするは、これも男のサガ、覆い隠すことでチラリズムがいかように施されるかのドレス・デザイナーの見せ場でもある。
映画の授賞式という場はまさしく実は女優の品評会、筆者など近頃は本編の作品自体のデキがお粗末なことが多い日本映画など、受賞のあれこれより女優のドレス・アップのあれこれの方に注視して、その妍を授賞式に愉しむといった案配である。
ほんとうはそのあでやかな妍を本編にこそ刻印する映画作品をこそ観たいのではあるけれども……これがなかなか無いねえ。
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