2009年04月03日

生きているあいだに上手な嘘をつけるかなあ。



嘘も方便を、全世界的に容認されるエイプリルフール。
メディアがわざわざ嘘つかんでも、時々ニアミスやっとるやんけ、とは言わんといたろ。
それより読んだ限りではさほどインパクトのある嘘もないなあ。
これでは、せっかく嘘つく意味もあらへん。

でももともと、人間嘘つく動物、嘘こそマコトもあれば、嘘こそ腹立ちの素もある。嘘をもっとも高みに持ち上げるのが芸術の領域なら、嘘がそのまま自らのぶざまを露呈するのが政治の領域。
世はさまざま、人もさまざま、ではあっても、どうせつくならひそかに賢いウソをつきたいもの。ひそかに人を裏切りダマすたぐいでは、始末におへん。

嘘でなごむこともあれば、嘘が喧嘩の素となることもある。
所詮人は生理の中に嘘が取り込まれてもいる。
嘘にもまた、その人の性格が塗りこめられてもいる。
そうと知れば、おいそれと嘘もつけぬぬのが、実は嘘というものの理。
どうせなら夢に向かう嘘でありたい。

なぁ〜んて、嘘でマジメになりすぎてもおもろない。
その兼ね合い、頃合いも、これみなその人の価値観を照射する。
難しいねえ。嘘はすぐばれるものだし。
上等な嘘への道、これこそ終わりなき修養の道かもね。

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posted by キャッツ・アイ at 13:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | ライフ
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