2009年04月25日

言い訳は見苦しい、けれど行為はなくならぬのでは?



酔っ払っていたから、(相手の女性が)未成年だとは気付きませんでしたという言い訳が通用しないとしても、この世に酒がある限り、それでも酒の上の出来事はなくならぬ。
それがわが人間界のセオリーだろうなあ。クサナギくんもそのデンだけど、出来事にもまた個々個人差があるしなあ。

でもなあ「酔っぱらうとどんな女性も美人に見える」というのが否定されたとしても、酒の上の出来事はなくなることはないので、酒は勢いをつける、シラフでは恥ずかしくてできないことでもその勢いはいろいろなことを可能にしてしまうかもしれないのじゃないの。
その事実がお灸をすえられるようなことかそうでないかは別にして。

所詮アルコールはすべてを大まかにしてしまうものではあるので、女性の年齢を把握する部分だけは大まかでないのはむしろ男性にとって未成年者へのフトドキ以外は雀百までのたぐい、慶賀すべきことかもしれない。異性間の出来事などある意味、垣根を超えるからよろしいわけで、それが未成年者でなければ当事者の責任の素、いかようにもということではあるのは変わりなしだ。

科学がいろいろ証明しても本能という事実は何よりも強し、ということかもね。女性に対する鑑識眼にアルコールは邪魔できないとわかったということは本能の正当性をまた明らかにしたということだが、相手が未成年であることに気付かなかったことを「正当な理由」にできなくなったことと、酒の上の勢いということとの間には、それぞれ異次元の遙かな真実も隠されていようね。
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posted by キャッツ・アイ at 08:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | ライフ
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