2008年04月07日

果てなき争闘、死に至る病、力の支配は一時の勝利!



チベット族の問題、いよいよおさまりがつかない雲行きだねえ。もともと価値観が違う人種が融合するためには、相手の価値観を肯定することが第一歩! なのにねえ。

これはたとえば親子の間柄だって、無理やり強要すればどうなるか、ということを考えただけでもわかることなのにねえ。
力関係でやむをえず片方が片方の言うことをたとえその場では聞いたとしても、不満はくすぶり、本心で信じていることが否定されたわけだから余計渇望は高まり、その強要された表向きの事象などに、心は少しも縛られない。

子供だったら自殺するか家出するか、それもかなわぬなら機をうかがうのみで、親を尊敬するどころか、その俗物性に永遠に反発することだろう。親は良かれと思って言っているつもりでも、子の性格も志向も、願望も夢想も計画も、それがたとえ幼いものであろうとも、全否定されるような事態には、子も精一杯相手を全否定する力を蓄えようとするしかない。

そして時移り必ず立場は逆転するのである。ましてその時徹底抗戦出来ず無理やり力で押さえつけ支配してしまったとすれば、内に閉じ込められたエネルギーを侮っていては親子ですら和解は後々もまこと難しい。
これが民族となると、歴史をまたぐ争闘、世代を超えた紛争となる。

人類が他の人類を支配しようとするこの懲りない人類の歴史に、いずれ呆れ果てられてその種族の存亡の危機がほんとうにやってこない限り、果てることはないのかもしれない。創造主が造った最も不出来な生き物、それは人類であるようだなあ。
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posted by キャッツ・アイ at 20:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会
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