ハリウッドの黄金期がいつと決めるのもそのフォーカスにもよるでしょうが、スターの訃報を聞くたび、そのスターへの思い入れが深ければ深いほど、わがハリウッドの終焉を感じることひとしおではないでしょうか。
筆者は男なのでどうしても女優主体となりますが、最近では今年1月19日スザンヌ・プレシェット、昨年10月16日デボラ・カーなど、わがハリウッドがその終わりを告げたようにも感じたものではあります。(このリンクはぜひ覗いてその未見の作品を追悼してもらいたいものです)
チャールトン・ヘストンの場合は、そのいかつい男っぽさが印象的で、これに比べられる粗野な野性の男っぽさは、マーロン・ブランドくらいではなかろうか、と思えるくらいです。
その活躍の場は多く史劇、そしてスペクタクル、一番企画の対象になり得なかったのは現代のラブ・ロマンス、ではなかったか、と思えます。
ちょうど日本で言うなら高倉健の出る映画がその多くが厳寒に震える雪景色の作品、間違っても温暖で、風光明媚な過ごしやすいところが舞台になることはなく、映画はいつも熱帯よりも寒帯の趣の作品であったことと似ています。ヤクザ映画でさえ趣は寒帯ですよね。
受賞歴を観ても「ベン・ハー」のアカデミー主演男優賞、ゴールデングローブのセシル・B・デミル賞と聞けば史劇、そしてスペクタクルというのを敷衍しています。
天の邪鬼の筆者などは同じウィリアム・ワイラーの映画でも「大いなる西部」のヘストンの男ぶりの方が見事な説得で、グレゴリー・ペックより(「ローマの休日」ならともかく!)女性ファンは好き嫌いを超えて、自らの生理でこのへストンに魅入られてしまうのではなかろうか、と思うわけです。
実際のヘストンはペックとともにハリウッドを代表する紳士として高名、野性をひけらかすことも男ぶりを誇示することもなかったようです。まあ政治的にはジョン・ウェインともどもタカ派的で、ライフル協会のこと?もあり、という部分もなくはないのですが、所詮人間は環境の動物、仕方ないかもですよ。

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