写真を見ると、ピエール・ルイス・コリン氏はいかにもシック、フランス男らしき風貌で、トリュフォー作品に数多く出演したジャン=ピエール・レオの代わりも務まりそうではある。
「パリ美人ガイド」となれば、パリジェンヌへの憧憬に充ちたいくつかの作品も想起されるから、この著作など格好の素材になったやも知れぬ。
パリ(Paris)のカルチエ(区画)にはそれぞれの女性の特色がある、というそのそれぞれの地区の、代表する美人をスケッチしていく掌篇オムニバス小景など、即座にアレンジして魅せてくれる気がするから、この著作の趣意など格好の素材のようではある。
――メニルモンタン(Menilmontant)では、マドレーヌ(Madeleine)地区で見られるような崇高な脚線美を見ることはできないが、ブラジャーで寄せられた輝くばかりの胸元に、慎みのない谷間を見いだすことができる――ということなら、それぞれメニルモンタンとマドレーヌ地区のカフェに日がな一日、慎みのない谷間と、崇高な脚線美に、視線を泳がせたいものではある。
――モントルグイユ(Montorgueil)を「パリのエロチックな放射エネルギーの発生地」――とするなら、これもその放射能を浴びに、ロマンス・グレイよろしく新聞の彼方に見え隠れする、マルチーヌ・キャロル似だかフランソワーズ・アルヌウル似だか、はたまたミレーヌ・ドモンジョ似だかの美女たちを視線の彼方に捕捉するにやぶさかではない。
下手な巴里観光ガイドの代わりにこんなガイドをぜひとも翻訳して、終日パリジャンに成り果て、その風景に埋没するのもよろしきパリの過ごし方かも知れぬ、と夢想も果てないニュースである。
そのエピグラフに――観賞することは、遭遇することではない。この点にこそ、『観賞する人』が現代の消費社会に持つ深いオリジナリティが疑いようもなく横たわっている。観賞する人の目的は所有することではないのだ――というような、トリュフォーもどきのことばが落ちているようだから、このコリン氏、捨て難き風合いで「パリ美人ガイド」を仕上げている気がするのである。
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