学者の研究というのは時として“研究のための研究”じみて、なんやそれ?ということも多いけれども、これって蓋然性が認められる!ちゅう感じやね。
長生きをしたければバカであれ。ただし、あなたがハエであるならば……と注釈が付いているけれども、なにね、ハエでなくともね、あまり小利口に生きても50歩100歩、早死にするのがオチ、とでもいう教訓のようで、四六時中金以外頭にない種類の人種に当てはめても正解やないの?
バカと言うと聴こえは悪いけど、ドロップアウトとでも言い代えて考えれば、猫も杓子も競争に遅れを取るまいと、あちこちで狂奔する○○界や(会?)××会(界?)の集団演戯。
やがてよくある騙されたのウソつきだの、相手を責めるのもいいが、もとはと言えばこれすべて我欲のメガネが狂っていただけの話。
なんだかねえ。同情の気も起こらん。
こんなこと書くと貴様は被害にあったことはないのか。というようなことばが飛んでくることも多いけれども、無い!と言うとこうかね。
こんなものすべて金の貸し借りと同じで、ご存じの如く借りる時は借りる方がへりくだり謙虚でも、いざ返すころには借りた方が居丈高という風景と、似とるからよねん。貸す時は捨て金と思い貸す、これが貸す側の倫理いうてもエエくらい。
捨て金あまりないから貸さんけどなあ。
このデンで言うとなあ、ハエも捨て金あまり持たんようやから、長生きするんかもなあ。ひょっとしてなどという浅知恵を覚えたハエが早死にというのもだからわかる気がするねん。
であるからして商売に似るすべて、パブロフの法則、あまり群がりよると、これも自然、我も我もや。
そこでやっぱり教訓や。鶏頭となるも牛後となるなかれ!や。
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