2009年04月06日

存在それ自体が迷惑なものに、自らしてしもたなあ。



破滅的な喪失感が大量殺人への動機や要因につながる傾向、というけれども、道連れはいらんやろ。動機もつまらないね。
つまらないと、ひとことで片づけられて、まあ本人にはすべて切実でもなあ。理由が小さ過ぎるよ。その他もろもろも重なるんやろけど、それならそれでますます道連れはないやろ、ということや。

抱えきれんほどの不幸を抱えて、それでも生きていかなきゃいかん子供も世界に数え切れんくらいやちゅうのになあ。おとなが手本にならなくてどうする?や。まして絶望のおすそわけ、親から災難をもらう子供ということは、たまらん話や。ダメ親の典型でもあるなあ。

ダメ親というのはたいがい子供を私物と思うているフシがある。一心同体といえば愛情の発露と勘違いされる向きもあるけど、価値観を押し付けられるほどの迷惑もない。悪政と同じや。
自らの価値を見つけることにこそ生きる意味も出てくるのに、それを押しぎせさせられる子ほど、立場のないものもない。

ふられたあと何をするかに価値も出てくる。たいがい伝えられるふられ男は、これじゃふられもしようと、そのふった相手の方に説得も出てくるのがほとんどだ。ひとりで自殺ならそれはそれであずかり知らぬ自己完結だけれども、巻添えはいただけんね。
遂におとなにもなれなかった人生、それを刻印しただけやのん。

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2009年02月18日

自業自得とはいえ、馬鹿丸出しというしかないねえ。



人生を遊びのように生きるのはまだしも、愛人をおもちゃにしてはいけない。まあ、これだけ複数の愛人を持てばおもちゃ同然、このくらいのことは自覚しなくちゃ愛人の方も甘い甘い、というところかもしれないかもね。

しかし愛人をこれから募集するコンテストならいざ知らず、整理するコンテストとはね。事業もジリ貧なのがようわかる発想やね。
それに他人の審査員まで設けるちゅうのはどういうこっちゃ。愛人など自分だけの基準で十分やないの、結婚ならまだしもやけど。

死んだ愛人のほか残った愛人も去り、この事実を知った妻も去り、愚の骨頂を自作自演やないの。世界の不況を一手に引き受ける気いかいな、という感じ。
まあこの実業家は匿名だから、どのクラスの金満家かも知らんけれど、この事態をどう越えていくのか、そっちの方が興味かもね。

人間、本当の価値は失敗にめげず、四面楚歌の中、いかに自らの生を蘇生させるか、ということだからね。
いやあ世はさまざま、人もさまざま、出来事もさまざま、これだからおもろいちゅうことやけど、アホもさまざまやないの。

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2009年02月03日

鞭打ちの便法、時には活用できるかもね。



禁煙など、さほどのヘヴィー・スモーカーでもなかったせいもあるが、この男などかなりの中毒、てやんでえとでも思う気もあったのだろうが、反抗すれば余計罪も重くなる。中毒というのは一種の病気、病気という自覚もないのだから隔離療法しかないかもね。

しかしそれはご本人の問題、とりあえず痛い目にあわせて、再発を防ぐというのも便法、意志の弱さに鞭、というわけである。
まあ犯罪というよりは狼藉というべきだが、この鞭打ち、文明国になるほどやらなくなっている趣もあるけど、時々言葉としては出てくる「市中引き廻しの刑」とともに、大いに利用してもよろしいのではないだろうか。

ことに悪質な役人や政治家は「市中引き廻し」、言語道断な犯罪者にはこれはとりあえずの刑として、被害者がその手で「鞭打ち」する、というのはどうだろう。
どちらかといえばされっぱなしの国民、泣いても泣ききれない被害者には、それをしたところで憤懣やるかたない想い、いつ決着という長たらしい裁判の前に、この便法、とりあえず導入してもよろしいのではなかろうか。

いろいろ条件は必要かもしれぬが、泣き寝入りみたいな終わらせ方が続く国民にとってはいささか快哉だろうし、殺人に死刑で報いても、犯罪者には自業自得ではあっても、被害者の想いは決して晴れぬだろうから、遺族の想い鞭にもこもろうか、と思う。
一見野蛮なように見えて、懲りない連中の絶えない人間界には、案外必要なことでなかろうか。

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タグ:鞭打ち
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2009年01月29日

遺棄屋は末端、殺し屋の元締めは麻薬カルテル!



これは正確にいえば殺し屋というのは麻薬カルテル、酸を満たしたタンクに遺棄していたのは遺棄屋、というべきだろう。

いろいろ驚くけれども、10年の間に300人ということは1年に30人、いかなる必要があったのかは知らぬが、所詮シンジケートを守るための殺人ないし死の幇助であったには違いない。当局の網も細かくなる一方だろうに、麻薬が無くならないのはそれが法外に儲かるからだろう。

それにしては遺棄屋の、週給600ドル(約5万4000円)というのは安いなあ。当人も末端の足元を見られる歯車にすぎないのだろう。大物は麻薬カルテルのボスなり、巨富をむさぼっていた中枢の男たちなり女たちなのだろう。事実は小説より奇なり、ではある。

小説は公開されるがシンジケートは秘匿中の秘匿であろうから、こうして明るみに出てくると、闇から出てきた蝙蝠の奇怪さ、なのではある。

組織悪などというが、組織が網の目のように張られてこその組織悪で、組織善より組織悪のほうが実ははるかに多いと筆者などは思っていて、多勢に無勢、ほとんどの場合はその告発もされず強権に守られて、悪い奴ほどよく眠っているわけだろう。

強権を持つと持たぬとでは、人間の性格にさえ変貌をもたらすから、組織悪にはほとほと人間のマイナス面を増長させる作用があるのではある。そのために政治なり法律もあるわけだけど、これまた組織だからねえ。危ない危ない。

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2008年12月04日

水だらけでもこの魅力の魔都を知れば……。



水の都というより水だらけの都となってしまったわけである。この惨状ではゴンドラも運河も、風光明媚を象徴するわけにもいくまい。これも異常気象の成せるワザだろうか。

しかしもともと迷路のような路地と通りに彩られ、その先には何が現れるか予期も出来ぬところから、魔都とも呼ばれてもいるのだ。こんな災害もその魅力の隠された逆転だったかもしれない。
地元では無論そんな悠長なことも言っていられないだろうが、その魅力は世界に知られるところのものであり、自国のみならず外国映画作品にその舞台として選ばれることも多く、ヴェネチア映画祭は映画祭の中でも老舗中の老舗ではある。

移動も車は使えず、故にこそゴンドラは観光という前に重要な交通手段、こんな状況だとゴンドラ自体も水没して、それぞれ離れ小島となったように家屋に蟄居ということになるのではなかろうか。
もともと現在のイタリアそのものがいくつもの国を統合してできた建国100年にも満たない国だから、それぞれの土地にはさらに深い歴史的風雅が在る。

といささかイタリアびいきの筆者も力が入るが、わが師スタンダールも墓碑銘にフランス人でありながらミラノびとと記し、生きた書いた愛したと刻んだそのイタリア、好みの美人を次々と輩出するイタリアだから致し方も無い。
艶冶な世界に突出するも、戦争にはあまり強くないというのもわが好みではある。水の都にして魔都ヴェネチアよ、永遠に!というところではある。

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2008年11月24日

他人にわかる人生、わからぬ人生、その分水嶺。



出頭しなければますます動機が憶測を呼び、さらにあらぬ方向へ飛び火して行ったかもしれない。そういう意味では犯人らしき人物が動機らしきことを述べ立てたのは良かったのかもしれない。

まだその全貌はわからぬながら、心身耗弱という近頃得意の犯罪者でないことも良かった。自覚も意識もはっきりしてはいるようではある。
わからないのはこの男の人生である。他人の人生などまずはわからぬものではあるが、近頃の、本人にしかわからぬ動機を続けさま日常的に観ることとなると、わからぬ以上の、殺される側からすればさらに不条理ではある。

同じ犯罪者でも「無知の涙」の永山則夫のケースも理由なき連続殺人であったけれども、本人の人生が少しずつ明らかになるにつれ、或いは本人自身がむさぼるように獄中で読書をはじめて、その結果として支援者も現れ、その人生へのフォーカスも見えてくるわけだが、この男はわからない。学校時代は粗暴とも縁無き優しい人間であったらしく、この現在は別人の観があるという。つまりは社会に出てから男は変わった、ということだけが観えてくることであろうか。

社会に出れば意に添わぬことは目白押しに襲ってくるから、「頭に来る」こともさらには怒涛のよう、爆発もしたくなるのもしばしばではあり、誰しも想いとしてそれは在るだろう。無いとすればよほど恵まれた箱庭環境とさえ言えるであろうが、それが大きくも小さくも挫折というものではある。

他人にわからぬ人生とは、挫折する人生までは判っても、挫折に負けてしまっては誰も理解は放棄するということでもある。自らの存在をより過大に評価されようというのはこれも誰しもに共通する欲心ではあろうが、現実はそれぞれが海にただよう藻屑のようなもので、暴風も渦巻きも乱気流も、そこには捲き起る。
それに負けぬ結果だけが人生なのである。
動機も背景も定かにはなっていないが、定かになろうと、おそらくその生き方は、わからぬ人生ではあるだろう事件であり犯人ではある。

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posted by キャッツ・アイ at 14:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争・災害

2008年11月20日

東京の地下鉄事情を知れば、未然に終わらせる事故直前情報をこそ欲しいね。



地下鉄工事の現場での事故はほぼ人災とも言えるし、その工事自体のみとは言えない原因も複合的にありそうだから、東京の地下鉄事情を知ると、他人事でない恐ろしさ。陥没しないでいるのが不思議なくらいいりくんだ格好だから、まこと桑原クワバラ。

不慮の事故になど誰しも逢いたくはなかろうが、不慮の事故が避けられぬものならせめて死に方を選択して、生き埋めだけは勘弁願いたいというのが筆者のホンネで、この事故のように平地から奈落へ落ち込むのも恐ろしいが、地下鉄乗車中の同様の惨事は、想像するだに救いがない。たとえば地下鉄六本木駅など天井も低く、ヒトの行き来の割には道幅も狭く、行くたび、駅周辺に滞留する時間の短縮に気を駆ける。

技術は相当なものだろうが、技術を過信して次々と二層どころか四層五層と重ねていけば、いつかは破たんが来て不思議ではなく、聞けばその動線同士の距離が1メートルくらいのところもあるやに聞く。
その透視映像でもあればいかなる事態か、その危険すれすれの状況を知れば乗車を控える人も出るのではないかとも思われる。それゆえにこそあまり触れたがらない領域かとも思われるが、そうも言っていられないだろう。

地下鉄事故こそ震災でも起きればさらなる悲惨を生む事故につながるは必至で、もはやスパイダー・シンドロームと化した、東京の地下鉄事情、メディアはしっかり現状をとらえ報告してもらいたいものだし、その防災事情もまた足らぬを指摘してもらいたいものである。
およそ事故が起きてしまうと、それ見たことかというニュースにはなるが、それ見たことにならないニュースこそ、メディアの役割ではなかろうか。事後報告だけなら小学生でも出来るのだ。事前報告の目利きの眼をこそ、期待したいものである。

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posted by キャッツ・アイ at 11:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争・災害

2008年11月09日

メタボの迷惑、世界を駆ける?



およそロクな事件も無いので、ニュースへの関心も薄れるが、これはタイトルだけだと何やらユーモラス? といっても当事者にとってはそれどころではない夫婦喧嘩の真っ盛りの末故意か事故か人ひとり死んだようであるから、笑うどころではない。

何処にユーモラスを感じたかというと、メタボは自分にとって危険なことであるはずなのに、他人にも大いに危険なものナノダ、という改めての発見。日本のように狭い国土でひしめいている状況、ことに電車における座席では、メタボ人種大いに迷惑と、さらに想像が飛び火もした次第。

この事件の実際はようわからんといってもいいが、圧死ということであれば、大同小異の迷惑沙汰ではあろう。さらに日頃感じていることに類推していけば、太っている、いやいや太り過ぎている人間は漫画がお好きというお話。
これは単純に日頃電車に乗っていてあの分厚いマンガ誌を熟読されているご仁の統計学。マンガ誌に入れ込むご仁は、ご多分にもれずほぼ例外なくみな太り過ぎという観察である。

これ想像するに、あれこれ原因は考えられるが、もろに書いてしまうと、電車でマンガを読むご仁の傾向にしか過ぎないものを広くマンガ好きに当てはめてしまうようなことにもなろうかと、一応自粛するのだが、こと電車でその分厚いマンガ誌を拡げているご仁を観察するに、実に例外なく太り過ぎているというのは、改めて広く皆さんも観察統計されると面白いかもしれない。
メタボと漫画の関連、ということですね。これ極めてパーセンテイジが高い事実、メタボになるくらいだから自分にも他人にも鈍感、というその事実、当たらずとも遠からずかも。

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タグ:圧死 メタボ
posted by キャッツ・アイ at 04:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争・災害

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